お仕置き ケツ叩き



 部屋を出る

この部屋のアドレス:027 Top-notch 5, City Center, METROPOLE21

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<オーナーのメッセージ>
男どうしのケツ叩きによるお仕置きに興味がある人たちの掲示板です。

実体験・妄想・ケツ叩きシーンのある映画・DVD・本・雑誌などの紹介をどんどん
書き込んでください。

2001年5月にこの掲示板を開設された初代管理人のかつあきさん。
その後を引き継いで2003年11月から二代目管理人となった太朗さん。
その太朗さんが2007年3月に掲示板を閉鎖されました。

突然の閉鎖にびっくりするとともに、歴史あるこの掲示板を残したい!との思いから
三代目「たかふみ」が「勝手に」再開させました。
どうぞよろしくお願いいたします。

リンク集もどうぞごひいきに。


<書き込み内容に関するお願い>

営利目的の書き込み、未成年者の書き込み、未成年者への呼びかけを意図した書き
込みは見つけ次第削除します。
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この掲示板の内容を元にしてオフで起ったこと(出会い、オフ会、ビデオ・DVD
などの売買や交換)についてオーナーは責任を負いかねます。各自の判断・責任で
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この掲示板は18歳以上のゲイまたはバイの男性が利用することを前提にしています。それ以外の方のご利用や、援助交際を求める内容の書き込み、宣伝行為は固くお断りいたします。

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スパンキングしてほしい 投稿者:hitoya(12月10日(日)12時20分20秒)
道具とか使ってお尻が真っ赤になるまで叩いてくれる人いませんか?
痛い系、苦痛系のSMにも興味があります。
同年代くらいまででお願いします
東京都内より
166.55.34

浣腸お仕置き尻叩き治療 投稿者:なお(12月3日(日)16時27分24秒)
お仕置き浣腸治療アナル検査を受けたい変態ドⅯくんを募集してます! 全身の性感帯を診察をして性感度を診てあげます。 子どもを叱るように優しく言葉攻めをしながらズボンとパンツをずり下げて、おむつ替えやⅯ字開脚や四つん這いなどの恥辱的な体位にさせて、ローションを絡ませた人差し指と中指をアナルに入れたり出したりしながら、アナルや前立腺の触診検査をしてあげます。 同時におチンチンや乳首などの性感帯も舌先や指先で弄りながら気持ちよくしてあげます。 性感度が上がり呼吸が乱れてきたところで、イチジク浣腸や浣腸器を使って何度も浣腸をしてお仕置き治療をしてあげます。 便意を必死に堪えて我慢している様子や恥ずかしい音を立てながらの排泄の様子、下着やオムツへのお漏らしの様子なども、優しく言葉攻めをしながらじっくりマジマジと観察してあげます。 我慢できずに途中で出してしまったり、お漏らししてしまった時は、膝の上でうつ伏せの状態にさせて言葉攻めをしながら、お尻をペンペン引っ叩いて叱ってあげます。 お尻の中がきれいになったところで、ローションを絡めた食品をアナルに挿入して、再びお仕置きの浣腸をして気持ちよくしてあげます。 最後はおチンチン以外の性感帯を攻めながら、排泄の瞬間に手コキで気持ちよくイカせてあげます! 恥ずかしくてエロい診察治療検査を受けたい30代前半までの童顔で忠実でHな変態ドⅯくんの来院を待ってます。 診察治療申し込み時に、@幼少期からの、病院と家での浣腸治療体験談(プレイ体験は除く)、A名前、Bプロフ、C住みを教えてください。 実際に会う前に、どのくらい本気かエロいかなどをじっくりと確認させてもらうために写メ診察をしばらくさせていただきます。 写メは必須とします! 写メ診察調教(露出、射精管理など)のみでも可。

厳しいお尻ペンペン 投稿者:悪い子のマサキです(10月9日(月)12時45分06秒)
はじめまして、僕は大阪に住み悪い子のマサキです
現在一人暮らしをしています
どんな悪い子かというと借金がたくさんあります
嘘もつきます
定期的に膝の上でお尻ペンペンのお仕置きしてもらいたいです
僕は休みが1日しかありませんので今日かまた来月までにメールください
163 55 32です 顔は童顔でよく学生と間違えられます
携帯もってませんっていうか持てないです
キッズ携帯を持ってます かけるのは無理ですがかかってくるのはいけます
SKYPEもやってますので気軽にメールください

徹さんへ 投稿者:男子(9月24日(日)00時25分23秒)
俺は高1の夏まででした。親父が借金取りから逃げるために家を出て行ったので、突然終わってしまった。ちなみに今も生死不明です。今さら会いたくもないけどね。
徹さんの尻の様子だとケツ叩きは頻繁にあったか、1回あたりに叩かれる数が多かったかのどちらかのようですね。そうなると尻の痛みは相当なものだったでしょうね。
俺の場合は頻繁にはあったけど、叩かれる数はそんなに多くは無かった。せいぜい数十発。素手だったので親父の手が痛くなったら終わりって感じで。
と言うか前にも書きましたが、俺の親父はケツを叩くことより、俺に羞恥心を与えることの方に、より力を入れてました。
ここの掲示板とは主旨が違う気がするので、そっちの話は控えておきますが。
悪いことをした時はもちろん、よく分からない理由の時もあったけど、親父には逆らえなかった。
徹さんのように銭湯に連れて行かれ、タオル無しで歩き回されたこともありましたね。尻の色はともかく、徹さんのように鞭の痕は無かったので、まわりの人はケツ叩きされていることには気づいてなかったと思います。
俺も性器を見られている事ばかりに気が向いて、尻には意識が行ってなかったですね。

男子様 投稿者:(9月22日(金)02時13分53秒)
男子様何歳迄、尻叩きされていたのですか❓高2の時、数学の試験結果が悪くいつもの様に尻叩き。翌日給湯器が壊れ風呂に入れなくなった。父親が銭湯に行くと言って無理やり連れていかれた。腰にタオルを巻くと剥ぎ取られた。おちんちんもそうだが、鞭痕が無数にある尻をいくら同性の前でも、顔から火が出る位恥ずかしく、屈辱であった。銭湯は混んでおり、俺の尻を見てパットした人がいるのが分かった。拷問に近い事だった。

徹さんへ 投稿者:男子(9月21日(木)20時40分00秒)
徹さんの世代でもケツ叩きのお仕置きがまだあったというのは本当に珍しいですね。
徹さんより上の世代の俺が子供の時でも、お仕置きがケツ叩きなんてのは滅多にない話だったと思います。
俺は玄関で下半身裸になって親父からケツ叩きを受けるというのが基本でした。
さらに悪いことをした時は、下半身だけでなく上も全部脱いで全裸とか、玄関戸を開けて外から丸見え、しかも俺が外の方を向いた状態でのケツ叩きとかがありました。
中学生になってからはケツの痛みより羞恥心の方が遥かに上回ってましたね。
同級生に見られたりもしましたし。
徹さんのように、親父から人前で性的な辱めを受けたりもしましたね。
ちょっと書きにくい内容なので控えますが・・・、それより、徹さんの恥ずかしかった話とか詳しく聞きたいです。

父親からの折檻 投稿者:(9月18日(月)13時45分00秒)
俺と似た体験を教えて下さい。尻叩きの場所は自分の部屋です。ベットの下にいつも鞭があった。叩かれる時は祖父(父親の父親)が立ち会っていた。高2の時、叩かれている最中、叔父(父親の弟)とその息子、中3が部屋に入って来て見学していた。痛い許し下さいと叫ぶ姿を見られた。

徹さんへ 投稿者:男子(9月16日(土)17時16分01秒)
俺と似た体験をされたようですね。
ちなみに尻叩きの場所はいつも決まってたのでしょうか?
父親以外にも、その現場を見られたことはありますか?

父親からの折檻 投稿者:(9月14日(木)15時07分49秒)
俺は、高校を卒業するまで、下半身丸出しで、父親に尻を叩かれていた。特性の鞭を父親が買ってきた。悪い事をしたら二度としないよう体の痛み覚えると言う事だった。高校生の頃は鞭で叩かれ尻から出血するのは当たり前だった。俺は父親におちんちんの成長過程を全て見られ、恥ずかしい限りだった。叩かれている最中たまに、勃起した。それも見られた。死んでしまいたいと思った。中学の時、まだ包茎であった頃に皮を剥かれ、亀頭を露出させられてから叩かれた事もあった。尻毛も生えていて叩かれる事は屈辱だった。いまだに尻に鞭痕が無数に残っている。今でもたまに尻叩きの夢を見ては魘される。俺は25歳、1ヶ月前に、父親は癌で死んだ。享年52歳 ただただ嬉しかった。不謹慎だが❗今

親父 投稿者:こば(7月26日(火)09時23分40秒)
うちは悪さも度がこえると親父登場ゲンコツをくらわされてた 一発だけ
兄弟は兄と妹がいて、兄と俺には必ずゲンコツだった。(妹には手を一切あげない・・・)
あれは、小6の春。ダウン症のY君と同じクラスになった。
Y君をパシリに使ったりからかったりする、アホな奴らと、俺も一緒になってからかってしまった。Y君はいつもニコニコしてて自分がからかわれてるのをわかってなく、おされたりボールあてられたりしても、きょとんとしてる。
で、ある日、クラスメイトの女子達が先生に告げ口してしまった。
先生は激怒し、いじめてた俺達5人を呼び大説教、親に報告された
家に帰って、(ちょうど父は出張中)母にさんざん説教され、一ヵ月こずかい抜きにされた。
翌日、学校いき、Y君に誤って、悪仲間と親に怒られた話しをしていた。
A太は厳格な祖父にベルトで体中叩かれ(逃げまくったらしいが)、夕飯抜きで物置に朝まで閉じ込められ
B也は母にビンタ二回され説教
Cは父と母に軽く説教ですむ(甘々な家庭)
D一は父に物差しで尻を何度もぶたれ、お尻にやいとを数回すえられ2時間の正座
だった。
俺は母に説教されただけと言い、C以外はみんないいな〜と言っていた。
みんな厳しい家庭なんだな〜うちは親父がいたらゲンコツだったけど出張だったからラッキーだったぜ〜とほくそ微笑んでいた

翌日、夕方に父が出張から帰宅。
俺は公園で友達とだべった後帰宅。

帰るなり、母が玄関にきて「お父さん帰ってるよ、手をあらってすぐきなさい」と一言。
きょとんとしていた俺に母は「早くしなさい。」とうながす

とりあえず、トイレにいきたかったので先にトイレに直行し、手を洗い、リビングに。

父がソファーにいて「話はきいたぞ。お前、とんでもないことしてくれたな」と低い声でぼそり
ここに正座しなさい。と父は自分の前をすびさした。
(なんとも冷めた目をしてるが、怒りにみちた感じなのは伝わった)
ゆっくりそこに行き、俺はとりあえず謝った
すると、父はそれを無視し、説教をはじめた
(仕方ないか・・・説教ぐらい)と想い、早くおわんないかなとただそれだけ思っていた。
5分程、うだうだ説教した後、親父は言った
「さてと・・・、お仕置きするから、お前の部屋へいくぞ」といい立ちあがった
わざわざ、ゲンコの為に俺の部屋にいくのか? つうかやっぱゲンコされるんかあ〜
とうながされ部屋行く、途中、兄貴(中3)が帰宅

あ、父さん帰ってたんだ?と言うと、父は兄には普通に「おお、おかえり、雄太。うん、4時頃にな、あ、ちょっと幹太の部屋で少しだけうるさいかもしれんが、すまんな」と一言
兄は「え?うるさいってなんで?」と
父は「ん・・・、お仕置きだよ」と一言いい、二階へ

部屋に入ると、親父はベットに座り、俺に膝上にくるよう言った

俺はゲンコなのになんで??と思い「え?なんで??」と聞き返した

親父は「二回はいわん!いいからここ腹這いになれ!」と怒鳴った。
それが怖くて、言われたまま、父にひざに腹這いになった
すると父は、俺の腰に手をまわし、うごけないようがっちりつかんだ。

「俺は、弱い者いじめする人間だけは許せないんだよ!よりによって息子がそんなこと
してるとは・・・俺の教育にも落ち度があったということだ。。。お前はもう少し分別ある子だと思ってたが・・・小6にもなって小さい子がするような分別のないことしよって。Y君が障害があるからいじめられていることの気付かないのをいいことにからかったりしてきたんだってな、それは普通のいじめよりもっとたちが悪いわ!!」と言った瞬間、尻を思い切りぶたれた
びっくりして、振り返ったが、続けざまに叩かれつづけた
少ししてだんだん痛みが実感しだし、「父さん、やめてよ!僕が悪かったよ、こんな子供みたいなことやめてよ!」と僕は親父に言い返した
すると父は「今日は徹底的にお仕置きしてやる!心から反省するまでお尻を叩く!」といい
何度もぶたれた。
5分程して、父はズボンをおろそうと、ズボンに手をかけた
俺はまさか!と思い、力の限り抵抗した
すると父は「お仕置きもまともに受けれんとは全然反省してないじゃないか!」と怒鳴り、すごい力でズボンをずらされ。そしてパンツもずらされ、尻は丸出しとなった

「父さん、父さん、恥ずかしいよ、それだけはやめてよ〜ゲンコツにしてよ〜」と懇願したが「ゲンコツなんかで済む話じゃない!!」と言われ、
生尻に父の本気の平手が飛んできた
あまりの痛さに、ぎゃあ〜と叫び
そして、お尻ペンペンなんて生優しいものではなく、40代の身長も180ぐらいでがたいもよい父の本気の平手打ちは、一発一発体中に響き、泣き叫ぶのは止められなかった
俺の泣き叫ぶのも無視するかのように、父は時折、俺をきつく叱りながら、たたき続けた

時々、手を休め、説教が入る時だけ休めたが、父は、「よく反省しなさい!!」とか「男のくせにぎゃあぎゃあ泣くな!」「あまり暴れると手足縛るぞ!」「本当に情けない人間だ!弱い者いじめなんて最低の最低の人間がすることだぞ!」等を繰り返した

お仕置きは、説教も含めて1時間以上に及んだ
俺は泣き叫び、説教タイムの数分の時に、むちゃくちゃ謝りまくった
「もう二度としません!!心からあやまります。もうお仕置きは許して下さい〜痛いよ〜もう耐えられないよ〜!ごめんなさい〜許して下さい〜〜」とかばかり言っていたが
父はお尻を叩きつづけた
1時間程たった頃、手をとめた
俺は心身ともに壊れ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、尻の痛みでおかしくなりそうだった
やっと終わったと思ったら父は信じられないことを言った
「今後何か悪さしたら、お前へのお仕置きはゲンコツじゃなくお尻ぺんぺんに決めたからな。」と言って、「お前には真っ当な人間になってもらいたいから心を鬼にしてきつく追お仕置きしたんだぞ・・・叩く方も辛いんだぞ・・・」といって部屋を出て行った

あのお仕置きの後、中1になって、一度、母と喧嘩をし母を押して母が頭を打ち、頭から血がでて病院へいかずにいて、父が帰ってきて、母が少し毛がしてるのに気付き、病院へいき、何事もなかったが。
帰って、父にお仕置きをさんざんされた
それ以来はお仕置きはされず今日までいたる


「」
「」




最大のお仕置き 投稿者:T(3月9日(水)14時35分46秒)
みなさんお久しぶりです。
でも今回が最後の投稿になりそう。
タイトル通り、今までで一番厳しかったお仕置きを綴ります。
それは時は流れて小学5年生の時。
それまでの間、何度かお仕置きされることもありましたが、要領を得たのかそれほど厳しくされたことはありませんでした。
この頃から僕は隠れて非行に走るようになりました。
ある日のこと、僕は悪友たちと学校でタバコを吸っていました。
そこへ生活指導の先生がこちらへ近づいてくるのを見て、慌ててタバコを窓から投げ捨てました。
なんとかバレずに済みましたが、しばらくすると何やら騒がしくなってきました。
僕たちがタバコを吸っていた教室のカーテンが燃えているのです。
幸い小火ですぐに消し止められたのですが、その教室から出て来たところを生活指導の先生に見られており、僕たちは呼び出されました。
タバコを吸っていたことを白状させられ、「歯を食いしばれ!」と順番にビンタを喰らいました。
さらには緊急の保護者会が開かれ、僕の両親はさらし者も同然に。
家で親の帰りを待っていた僕は真っ青で冷や汗が止まりませんでした。
そんな僕にN(弟)が追い討ちをかけてきます。
「兄ちゃんやらかしたねー。今日のお仕置きはどんなのかなー。ワクワク。」
そして、いよいよ両親が帰ってきました。
まずは正座をさせられ、お父さんが言います。
「これから聞くことに正直に答えろ。もし嘘をついたらこの家から出て行ってもらう。」
「・・はい。」
「タバコとライターはどうやって手に入れた?子供には売ってもらえないはずだ。」
「タバコは自販機で、ライターは・・その・・」
「はっきりしろ!」
「万引きしました・・」
「なんだと?!ぐぐぐ・・」
お父さんは怒りを必死でこらえていました。
「自販機で買っていたにしても金はどうしていた?」
「・・・」
「答えろ!」
「友達たちと・・その・・カツアゲして・・」
「なにぃぃ・・?!未成年喫煙に火遊び、窃盗、恐喝・・絶対に許さんぞぉぉ!!」
お父さんの堪忍袋の緒は完全に切れてしまった様子でした。
いよいよ地獄の時間の始まりです。
「ズボンとパンツを脱いで椅子の上にうつぶせに寝ろ!」
僕は震えながらズボンとトランクスを脱いで椅子の上に寝ました。
お父さんは僕の両手と両足を椅子の脚にヒモで縛りました。
「親に恥をかかせやがって。タダで済むと思うな!」
まずは平手でお尻叩き。
一発一発が今までにないほど強烈でした。
次はものさし。
バチーン!バチーン!
「痛い!痛い!痛いよー!お父さんごめんなさい!」
「まだまだ許さん!心の底から反省できるまで叩くから覚悟しろ!」
そのままものさしでひたすら叩かれ、激痛で僕は騒ぎ続けました。
しばらくすると手が止まり、ようやく終わりかとホッとしました。
しかし、お父さんは
「母さん!あれを持ってきてくれ!」
と言います。
お母さんが持ってきたのは杖を細くしたようなものでした。
「今からこれで30発だ!しっかり反省しろ!」
ヒュン! バシッ!
「ぎゃああああああああ!!」
ヒュン! バシッ!
「痛いよーー!」
ヒュン! バシッ!
「痛いってばぁぁ!やめてーー!!」
「いちいちうるさい!口を縛ってくれ!」
僕は口を縛られしゃべれなくされましたが、打たれるたびにモゴモゴと悲鳴をあげました。
約束の30発が過ぎたあと、僕は解放され、庭に一晩中お尻丸出しで立たされました。
そして早朝、お父さんに車に乗せられ散髪屋に連れて行かれ丸坊主にされ、それでようやく許されました。
僕のお尻は2倍近く腫れ上がり、おびただしく裂けていて、1週間はお風呂に入れませんでした。
このお仕置きを見ていたNは、あまりの厳しさに恐怖で泣いていたそうです。
それからは、悪友たちとは離れ、悪さをせずに過ごし、お尻叩きのお仕置きも卒業しました。
この厳しいお仕置きを思い返すたびにお尻がうずきます。
今まで読んでいただき、ありがとうございました。

親父 投稿者:がまじ(1月20日(水)18時36分28秒)
中1の終わり頃、親父にやられた。
親父は海外勤務なので半年に一回ぐらいしか帰ってこず、俺達兄弟の躾は母がしていた。

中一の冬休み、俺は中学に入って、学校でもかなりモテテいたので、調子にのり、女の子
とっかえひっかえしていた。しまいには中3の女の子とSEXもした。
中1の冬についに童貞を終えた。
調子のりすぎ、何人かの女の子とも関係をもったが。その内の一人の女の子の父親にばれて大変なこととなった。
なんとかSEXはしてなくてキスしたり胸をもんだりまでということで済ませれた。
母は相手の父親の怒りが半端ないことに困り、父に電話を内緒できてもらうことに。
事件発覚から二日後の夕方、その日俺は、母に話しがあるから夕方には帰るよういわれていた。その日も他校の女の子とデートしいちゃいちゃしていた。
楽しくて、門限が7時なのも過ぎ帰りは7時半。
帰り際、母が夕方変えるようにいってたことを思い出した。
まあいいやと、途中でジュースを買って帰った。

玄関を開けたら、母がいて「何時だと思ってるの!夕方に帰ってくるよう言ってたでしょ!!」といきなり叱られた。
「あ〜ごめんごめん。友達と本屋いててさ〜」と適当にいったら
「とにかく、リビングにきなさい!」とにらまれた。
面倒だな〜と思ってリビングに。
父がソファーにいた。

父は「お前先日、学校の女の子達といかがわしいことをしていたそうだな。母さんに聞いた。相手の親御さんがたいそうご立腹でな、今からあやまりにいくからこい。」
「え?あ・・・それは・・・その・・・もう母さんが誤ってくれたから・・・」
「バカタレ!」とビンタが飛んだ。俺は少し吹っ飛んだ。
「娘を傷物にされた父親が、すみませんでした〜で許してくれるわけないだろうが!!」
「傷って・・・僕らはお互い・・・」
「やかましい!!まだ中1というのにませたことしよって」
「だから!まだ全部してないよ!!キスしたりぐらいだって本当なんだって!」俺は必死にあらがった。
「やったやってないの問題じゃない!大切な娘を触られたことだけで父親は許せないんだよ!俺も娘を持つ父親だからよくわかるんだよ!〇〇が逆にそうされたら俺ならしばきにいきけどな!」
「・・・ごめん・・・。」
「もう八時になってしまう。遅いと失礼だから、早くいくぞ。」と母に車のキーをたのんでいた
「はい・・・。」
車をおりる直前で、父は低温でぼそっといった。
「お前、ただで済むと思うなよ。」と

相手のご両親が玄関へ。
玄関先で父は高級な酒と菓子折りを渡し、土下座した。
僕も頭を無理やりさげられた。

父親は腕を組み「・・・まあ、中へ」と言った。
父は「・・・失礼いたします。」と入った。

父はずっと謝ていて、相手の父親は「まあ、後日、娘に聞いたら、娘も息子さんへ
気があったとは言っていたんでね。それが幸いではあるんですがね・・・ただね、、」
と言葉をつまらせた。
父は「私自信、父としても人としても、許せんのです。私自身がです。」
相手の父「・・・といいますと?」
父「同じ娘をもつ父の気持ち同じですし、、、人として男としてね。それで許されるのであれば、この場で息子へお仕置きをしたいのですが・・・。家でするのも考えましたが、
お嬢さんの事を考えたら、御親さんに、息子の反省する姿を実際見て頂きたいのです。
私はもう、怒りでおさえれません・・・。」
相手の父親は一瞬戸惑っていたが、少しして「・・・。お仕置きとは何をなさるおつもりですか?」と聞き返してきた。
父は「尻を叩きます。」
相手は父「・・・。いいのですか?しかし、まあ、娘も・・・御子息に好意を抱いていたのは事実で・・・それにまあ、その最後までそういう行為をしたわけでもないようですので・・・そこまでは・・・まあ、お宅で罰を与える分にはいいですが・・・」
父「・・・そうですか。やったことへの罰は必要ですが、それをやった側だけがみるのではなく、ちゃんと罰しているのか見ていただきたく・・・。」
俺は思わず言ってしまった
「なんで!そんなことされなきゃならね〜んだよ〜!冗談じゃあね〜・・・」
その瞬間、
「反省してないのか!君は!!!」と相手の父親が怒鳴った。
そして同時に、父親から思い切りビンタをくらった
父は「〇〇さん(相手の父)、声が響いてはまずいでしょうから、、、どこか」
相手の父は興奮し「なら、ピアノの部屋へいきましょう。そこは防音ですから!」と言った
父は俺を首根っこをつかみひきづるようにそこへ連れて行った。
そこで、相手の父親は「最初はお互い同意だったにしても、君は途中から無理やり押し倒したりしたんだろうが!!」と怒鳴られた。
俺は「でも、すぐやめましたよ!!」
そう言い終わるやいなや、父は「ケツ出して、ここへこい!!」とすごい剣幕で叫んだ。
後づ去りしたが、父は柔道部だったので、私を払い、膝の上にのせた、足でがっちり動けなくした。
そして、相手の父に「〇〇さん、奥様、今からこいつにお仕置きをしますので、、」
といい、親父は俺のケツを思いっきり無茶苦茶叩いた。

叩いて叩いて叩きまくり、暴れたくても、がっちりはさまれてて、あまり身動きとれなかった。
途中から痛くて、うめき声あげていたが、叫ばなかった。
でも、親父が、途中、ズボンを一気にさげて、生尻むきだしにされた。
びっくりして、「父さん!!ちょっと!!!」 
と叫んだが、すぐに叩かれ
生尻への強打の痛みは耐えがたく、30発ぐらいして、「痛い〜〜〜!!もうやめてくれ〜」と叫んだ。
すると、「〇〇!」と相手の娘の名前を母親が読んでいた。
俺はちらりとしか顔を横にできないが、扉の前に女の子が立っていた。
「もういいよ〜私・・・おじさん・・・もういいです。」と父にいったが父は
「うん。ありがとう。すまなかったね。本当に。でも、今はやったことへのお仕置きを
受けさせなきゃならんから・・・、いいんだよ。お仕置きなんだから。」そういうと、
父は俺に「よ〜く反省しなさい!!」と強く叱りながら、生尻に平手打ちを想い切り打ちすえた。
本当に休まず、ずっと叩かれていたので
俺は恥ずかしさを通り越して、あまりの痛みに「ごめんなざいいぃぃ〜〜〜もう二度とじまぜんんんん〜〜〜。うわ〜〜ん、ごべんなざい〜痛いよ〜うぎゃあ〜いやだ〜〜許して下さい〜〜お父さんごめんなさい〜〜うわ〜ん」と子供のように泣き叫んでいた。

父は「俺に謝ってどうする!痛いのが嫌だからやめて欲しいだけじゃないか!全然反省しとらんじゃないかあ!!!!」と、たたき続けた。

既に30分は超えていたと思う

「痛いいぃ〜痛いよ〜うわ〜〜〜ん。許して下さい〜もう二度としません!嫌だ〜〜〜!」
「もう、いいですよ・・・。〇〇さん、もう十分、罰は受けてます。」と相手の父が止めに入ったが父は「いえ、まだまだです。お仕置きですから、痛くしなくちゃあ、身体の芯から痛みを与え、心から反省するまで、お仕置きは終わってはいけませんから。」

女の子も「もうやめてあげて下さい。もう十分です。おじさん」とか言ってたけど
父は「男なんだから、これぐらい平気だよ。ほら!尻をあげなさい!」と、お尻叩きがまた開始され、
「父さん、お父さんん〜〜痛いよ〜痛いよ〜〜うわあ〜ん。ごめんなさい〜〜」
「誰に誤ってるんだ!!!まだ分かってないのか!!!この悪ガキが!ほら!お仕置きだ!!ほら!」
とさらに強く叩かれ
「ごめんなさい〜ごめんなさい〜おじさんごめんなざいいぃ〜うわあ〜ん。痛いい〜〜ひい〜痛いよ〜〜うぎゃあ〜〜〜」
「泣いてばかりいないで、ちゃんと言いなさい!!!」バシィ〜〜ン!!!

「ぎゃあ〜〜うわ〜〜ん」

「中1にもなって、子供みたいに、なんだ!何に反省してるんだ!誰に謝らなきゃならんのか!!自分から言えんのか!!!」

「は、はあ、うう、ひっくひっく。ご・・・ごめ」

「大きな声でいいなさい!!!」バシっ!!

「ぎゃあ〜。うう・・・ごめんなざい・・・。〇〇・・・ごめんなざい・・・。うう
うう・・・それから・・・、おじさん・・・おばさん・・・ごめんなざ・・い・・・ひkっくひっく・・・うう」

「なんで謝ってるんだ?何が悪かったのかちゃんと言いなさい!」
「うう・・・ひっく。」
「男の子だろ!しっかり話しなさい!!!」
「うう・はいいぃ〜!ぼ、僕が・・・ひっく〇〇にキスをしたりしたので・・・まだ子供なのに、そういうことしてごめんなざい・・・。」
「他にいうことは?」
「・・・あ、あの、もう二度とそういうことはしません・・・。約束します・・・」

相手の父親「うん、頼むぞ。君はイケメンだから、女の子を泣かしてしまうふしがありそうだが、男はね、顔じゃないよ、生き様だ。〇〇君。女の子には優しく接する、レディファーストで、女の子は守ってあげないといけない。そういう男になってくれよ。」
「・・・。はい・・。」
父「〇〇さん、息子はまあ反省できたと思います・・・、本当に申しわけなかったです。」
相手の父「いや、もう十分です。十分すぎますよ。」

そして、私はふらふらになりながら、車にのった。
尻が痛いので、後部座席に横たわった。

家につくまで、父はずっと黙っていた。

家に着いて、私はなんとか自分で歩けるようになっていた。
部屋にあがろうとしたとき、
「どこへいくんだ?」と父に言われた。
「え・・あ・・・あの、部屋へ・・・」と言うと
「まだ、私からのお仕置きは終わってないが?」と言われた。

「え?え??」と驚いていたら
「門限破ったんだろ?19時なのに、19時半。それから、夏に、〇〇の貯金箱からお金とったんだろ?後、学校で賭けトランプをしてそうだな。父さんがいない間にお前は本当に悪さばかりしよって。半年分のお仕置きをするから、きなさい!!」と言われ、逃げようとしたが、すぐに膝にのせされ、母に「さっきさんざん叩いたもんで手が痛くてな、大きいヘアブラシあったろ?おばあちゃんの。あれとってきてくれ。」

そして、父は言った
「門限破りは・・・30分過ぎだから、30発。お金を盗んだのは窃盗で重いからな・・・100発。トランプかなんかで賭けたことは・・・もうやってることは大人顔負けだな・・・これも100発だ。合計・・・いや、それと、俺がいない間に好き勝手してることに対しても・・追加で20発として、250発だな。手加減は一切せんからな、俺がいない間に二度と悪さできんよう、嫌というほどお仕置きしてやる。ちょっとでも反抗したら初めからやり直しだからな!!!いいな!!」

「いやだ〜〜〜〜〜〜いやだ〜〜〜!!!!!」といきなり反抗したため、
父は「まだ叩いていないのに反抗したらやり直しにならんじゃないか!全くっ!!追加10発だ!!」
「いやだ〜〜〜そんな〜〜〜やめてよ〜〜冗談じゃないよ〜〜〜もうお仕置きはいやだ〜〜〜」
父「+10」
「何言ってんだよ〜〜〜嫌だって〜〜〜お尻がこわれるよ〜」
父「+10」
「父さん〜〜〜〜」
父「+10」
「!!!なんだよ+10って〜〜〜もう無理だよ〜〜お願いだよ!痛いんだよ〜ヘアブラシなんてやめてよ〜〜〜」
父「+10!!」
「父さん父さん〜ごめんなさい〜もうしません。いい子になるよ〜」
父「追加分50発で合計300発だからな。(母に「数えといてくれよ」)いくぞ!()」

バシ〜〜〜ン!バチィ!!バシィッ!!バシィッ!!バシィッ!!バシィッ!!!
バシィッ!!バシィッ!!バシンっ!!

「ギャアアアアア〜〜〜〜〜〜〜!!!痛いぃぃ〜〜〜うぎゃあ〜〜ごめんなさい〜〜」

「いちいち、わめくな!!こんぐらいなんだ!!!」

バシン!!!





一度きり 投稿者:けんた(2月4日(水)18時59分23秒)
ケツ叩きといえば、中1の時に一回だけされた覚えがある。
親の財布から金を盗んだところを現行犯で見つかって。
まずは親父から2、3発ビンタを食らって、説教。
そのあと、ズボンを脱いでケツを出して、椅子に手をつけときた。
さすがに、年頃の中学生にはそれはきつい。
躊躇していたら、母さんに押さえつけられて、ズボンとパンツを無理やり脱がされた。
必死に抵抗したけど、母さんにどっかり背中に乗られて身動きできず。
親父は、なわとびのビニールひもを手にして俺のケツを打った。
ピシ。
あんまり痛くなくて、これなら余裕と思っていた。
ピシ。ピシ。ピシ。ピシ。ピシ。
ところが、何度も打たれるうちに、痛みが我慢できないものに。
ピシ。ピシ。ピシ。
「い、痛えよ。もうやめてくれ。」
ピシ。ピシ。ピシ。
「ぎゃああああ痛いい。ひいいい。」
ピシ。ピシ。ピシ。
「うわあああん。ごめんなざい。もうじまぜんんん。」
俺は、ガキのように泣き叫んだ。
ようやくケツ叩きも終わり、親父は言った。
「本来なら警察に突き出すところを、尻50発で勘弁してやったんだ。ありがたく思え。」
ズボンとパンツを履いて、部屋に戻って椅子に座った瞬間、ケツに激痛が走った。
鏡でケツを見ると、真っ赤で、蚯蚓腫れがおびただしく走っていた。
パンツに少し血がついていた。
やっぱり親父を怒らせると怖い。
俺は、それから悪さをせずに、大人しく過ごした。
たった一度の恐ろしいお仕置き。

Nのお仕置き 投稿者:T(10月22日(水)20時55分30秒)
今回はいよいよN(弟)がお仕置きされるときの話です。
僕の家でのお小遣いは毎月、
小学1〜3年:100円
小学4〜6年:500円
中学1年:1000円
中学2年:2000円
中学3年:3000円
と決まっていました。
小学3年だった僕と小学1年に進学したNは毎月100円のお小遣いでした。
ある日のことです。
「T(僕)。ちょっとこっちに来て正座をしなさい。」
突然お母さんに呼ばれました。
なんだろうと思いフローリングに正座をさせられました。
「T。今なら許してあげます。お母さんに秘密にしていることがあるわね。正直に話して謝りなさい。」
僕はなんのことだかさっぱりわかりません。
「え、え、突然なんなの・・?」
僕がそう答えると、
「そう。また嘘を突き通すつもりなのね。」
とお母さんは言います。
本当になんのことだかさっぱりわからず動揺していると、
「財布をここに持ってきてお母さんに見せなさい。」
と言われました。
言われた通りに財布を部屋から持ってきてお母さんに渡しました。
お母さんは僕の財布を開けると、
「あら…??」
と少し驚いた様子でした。
中には10円玉が数枚しか入ってなかったので、お金の使い方が悪いと怒られるのかと思いきや、
「ご、ごめんねT。疑ったりしちゃって・・」
と突然お母さんは謝り出しました。
「ねえ。一体何があったの?」
僕がそう尋ねるとお母さんは、
「最近お母さんの財布の中の小銭が少なくなったような気がしてね。計算も合わないし。」
と言います。
僕には心当たりがありました。Nです。
毎月100円のお小遣いにしてはNの貯金箱はジャラジャラと音を立てています。
そうお母さんに言ったところにちょうどNが家に帰ってきました。
「N。ここに財布と貯金箱を持ってきなさい。」
そうお母さんが告げるとNの表情が変わりました。
「え、なんなの突然・・」
「早くしなさい!」
Nは慌てて部屋から財布と貯金箱を持ってきました。
でもなかなかお母さんに渡そうとしません。明らかに怪しいです。
しびれを切らせたお母さんは財布と貯金箱を奪い取るように取って床に中身をあけました。
すると大量の100円玉がジャラジャラと出てきました。
「これは一体どういうことなの?お小遣いは月に100円のはずよね?」
お母さんが詰め寄ります。
「いや、その、ほらあれだよ。お年玉を崩したんだよ・・」
Nは苦し紛れに答えました。
するとお母さんには決め手があった様子でした。
「これでもまだ観念しないのね。よくわかったわ。もう許しませんからね。」
お母さんは100円玉を1枚1枚確認しだしました。すると、
「これよ。あったわ。マジックで0の字を塗りつぶした昭和52年の100円玉。
これは昨日お母さんが塗りつぶしたのだけどなぜNの手元にあるのかしら?」
「・・・・・」
Nは完全に黙りこくってしまいました。
「お母さんの財布とはいえお金を盗むなんて泥棒と一緒です。たっぷりお仕置きします。こっちへいらっしゃい。」
僕は憎くてたまらなかったNがいよいよお仕置きされると思うとワクワクしてきました。
「お母さんごめんなさい!もうしませんから許して!」
「今さら何を言ってるの!絶対に許しません!」
お母さんは半ば強引にNを膝の上に押さえつけました。
Nはバタバタと暴れています。
「T!足を押さえつけてちょうだい!」
僕は喜んでNの足を押さえつけました。
お母さんはNの半ズボンとブリーフを下ろしました。
「うわーー!嫌だーー!」
この期に及んでまだ抵抗を続けるN。
「静かに・・しなさい!」
パァァン!
と強烈な一撃がNのお尻に振り下ろされました。
Nはさらに暴れだしました。
「T!しっかり押さえつけるのよ!」
そう言いお母さんはNのお尻を激しく叩き続けました。
パァァン! パァァン!
Nのお尻はお母さんの手形でみるみるうちに赤くなっていきます。
10発を過ぎたあたりでNは泣き出して、
「痛いよ!痛いよ!もうしませんから許してーー!」
と叫びました。
「まだはじまったばかりでしょ!しっかり反省できるまでたっぷりと叩くから覚悟しなさい!」
それからお仕置きは10分ほど続きました。
人がお尻を叩かれているところを見るのはこんな感じなんだと思いながら光景を見つめていました。
お尻ペンペンのあとNはお尻を出したまま庭に立っているように命じられました。
さらに罰としてその日は晩ご飯抜きとお金は没収で当分お小遣いなしの刑が言い渡されました。
庭のNの真っ赤に腫れ上がったお尻を見つめながら僕は美味しくその日の晩ご飯を口にしました。

 投稿者:ケン子(8月31日(日)14時35分12秒)
忘れ物のことを親に報告されていました。家に帰ると親に怒られました。
親 「先生から報告受けている!先生にしっかり教育してくださいと言われている!
これから罰を与える!全裸になりなさい!」
僕は全裸になりました。そのまま尻たたき50回受けました。
全裸を写真に撮られ妹にも笑われました。
親 「続きに忘れ物したらもっとも罰を与える!わかったか!
明日まで全裸で過ごせ」
と言われ嫌だと言ったけど受け入れてくれませんでした。
仕方なく全裸で過ごしました。

ヒロユキ 投稿者:椋(8月25日(月)01時11分26秒)
俺は、同級生にヒロユキがいます。
俺はヒロユキをいじめるのが好きで、毎日首を締めたり尻返しをさせてヒロユキのまん丸いケツを叩いたりした。!

この前も、俺の家でプロレスごっこをしてヒロユキを泣かした。
手を後ろで縛って立たせて往復ビンタしたり後ろからキックしたりした。!
キャメルクラッチ首何時間もあげさせ、俺はヒロユキ口を開けて(い)の状態で口を開けさせた。

ヒロユキの口からヨダレが出て、こいつは赤ん坊だなっと思いました。
だから、俺はヒロユキを尻から抱え上げ何回も落として泣かせた。!
ヒロユキはされるがままに何回も尻から抱え上げられ高い所から落とされヒロユキは大泣き。

グッタリしてるヒロユキの尻を叩きまた抱え上げ今度は畳に落とされヒロユキはついに動けなくなり暫く泣いていた。

俺はヒロユキを抱え上げ肩の上でケツをプリプリプリ揺らし俺は暫くヒロユキを抱え上げ優しく尻を叩き赤ん坊のようにいじめた。

最後に肩の上で思いっきりケツを叩きケツからヒロユキを振り落とした。
オモチャにされたヒロユキは可愛いと思い、その後のヒロユキはケツ拷問を俺から受けたっと噂で広がっている

お仕置き 投稿者:拓麻(8月25日(月)00時45分05秒)
僕もお父さんからしょっちゅうお仕置きされています。
僕のお父さんは厳しくて、ちょっとした事でビンタされたり、お尻を叩かれたりします。
僕もつい最近お尻を叩かれました。

会社から帰って来るのが遅くなり、ちょっと時間を過ぎて帰って来たら、怒鳴られました。
その場で往復ビンタされたり、お腹にグーパンチされました。
僕は痛くてしゃがみ込み、涙を流しながら立たされ更に往復ビンタで言い聞かせされました。

僕はお父さんに何も言えず、言われるがままで、お父さんから(お前そこに立ってろ、裸で?)っと言われ僕は少し拒みましたが、お父さんは僕の洋服を無理矢理脱がして、お父さんから首を持ち上げられて、僕は宙吊り状態させられました。

(拓麻が悪いんだろ、!帰って来なきゃいけない時間に帰って来ないから)っと言われ僕は宙吊りされた状態で身体を揺らされ、思いっきり床に落とされました。
僕は余りにも痛くて泣き出し、お父さんから(拓麻、お前竿に縛ってやるから反省しろ?)っと言われ僕はお父さんとお母さんから竿に縛られ、更にお父さんからお尻を思いっきり引っ叩かれずっと僕は竿に縛られ宙吊りにされました。


イカの丸焼き状態で数時間も縛られ、僕は泣きながら反省しました。
5分事にお父さんからお尻を叩かれ、ビンタされ凄く痛くて一人で大泣きしました。
僕は声も出せないまま、泣き、更にお兄ちゃんからお尻を刺激され苦痛の一日でした。
お兄ちゃんは僕のお尻の中に手を半分以上入れて、嫌らしい音を立てて中を掻き回されました。

お尻はぴちゃぴちゃと音を立てて僕はお兄ちゃんからもお仕置きされ、お尻が痛かったです
暫くしてお父さん来て僕を解き、膝の上でお尻をパンチパチンパチンパチンパチン叩れ僕は泣くのでせいっぱいでした。

お父さんはバチバチ僕のお尻を叩き家の中音が響き150回叩かれました。
疲れたのかお父さんは尻叩きをやめ休憩していました。
その時も手は僕のお尻の上。

片方は僕の口で片方は僕のお尻でした。
尻を叩いていない時でも口を塞がれ鼻からしか息が出来ませんでした。
苦しかったです。!

休憩が終わると(あと50回)っと言って僕は更に50回お尻を叩かれました。
左右交互にゆっくりなので、お尻叩きが長かったです。!
お父さんは(ほらケツ?ほらケツ?どうだケツは?、お前まだ子どもだからこのケツ叩かないと分からないだろう?)っと言われ僕は6時間も性的お仕置きされました。

叩かれてる時は、(ほらケツ?ほらケツ?どうだケツは?、お前まだ子どもだからこのケツ叩かないと分からないだろう?)っと言われながら叩かれたので恥ずかしかったです。

今はお尻の感覚全くありません。



続き 投稿者:ケン子(8月24日(日)17時52分10秒)
授業中勃起してしまい恥ずかしく授業もまともに受けていられませんでした。
先生に指され黒板に行き答えを書く時に前を隠していると怒られて
手を叩かれました。
授業の最後に再びみんなの前に立たされ身体にパイパン男とマジックで書かれました。
先生が、「もう忘れ物するな!」とやっと解放してくださいました。
尻は痛いしパイパンちん子見られ恥ずかしかったです。

道具 投稿者:T(8月15日(金)14時20分35秒)
今回は初めて道具を使ってのお仕置きをされた時の話です。
友達のH君と僕の家で遊んでいた時です。
その時家には誰もいませんでした。
そこで僕たちは火遊びをして遊ぼうという話になりました。
大きめの灰皿とライターを持ち出して、まずはティッシュを燃やしました。
予想以上に勢いよく燃えるので僕たちは大興奮。
何度も何度もティッシュを燃やして何枚か一気に燃やしてみたりして大はしゃぎしました。
ティッシュの他に学校のプリントや点数の悪かったテストを燃やしたりして大いに楽しみました。
あとは灰皿の灰をこっそりとどこかに捨てて証拠隠滅すれば完璧。
そう思いドアを開けたその時、帰ってきたお母さんと鉢合わせになりました。
お母さんは僕の持っている灰皿を目にして血相を変えました。
どう言い訳することも出来ずに現行犯です。
僕たちはリビングで正座をさせられて10分ほど説教をされました。
そのあとお母さんは、
「H君は今日はこれで帰りなさい。おうちに連絡しておくから、あとはお母さんに叱ってもらいなさい。」
H君はとぼとぼと自宅へ帰っていきました。
「さてT。もうわかっているわね。」
僕は観念して半ズボンとブリーフを脱いでお母さんの膝の上に乗りました。
お母さんはいつものように僕のお尻を平手打ちしました。
しばらく叩き続けられたあと僕は膝から下ろされました。
そんなに怒られなくて良かったとブリーフを穿こうとしました。
するとお母さんは、
「まだ終わってないわよ!今度はお馬さんになりなさい!」
と言い、竹のものさしを手にしました。
それを見た僕はぶるぶると震えながら四つんばいになりました。
「火遊びなんてするなんて!今日はうんと痛くお尻を叩くから覚悟しなさい!」
そう言いお母さんはものさしを振り上げ僕のお尻へ。
バチーーン!
とすごい音とともにお尻に激痛が走りました。
「い、痛いよーーーーー!」
僕はお尻を掴んで叫びました。
お母さんは、
「姿勢を崩すんじゃありません!今から20回叩くから男の子なら耐えなさい!姿勢を崩したら追加ですからね!」
僕は耐えられずに3回ほど姿勢を崩して追加され、結局30回近く叩かれました。
そのあとお尻丸出しで庭に立たされその日の晩ご飯はもちろん抜きになりました。
2時間ほどしてお母さんは、
「これに懲りたら二度と火遊びなんかするんじゃないわよ。今度やったらこんなものじゃ済まさないからね。」
と言われようやく解放されました。
次の日、学校でH君と昨日のことを話しました。
H君の家はげんこつとお説教で済んだそうです。
僕はお尻がまだズキズキと痛むので、トイレでH君にお尻を見てもらいました。
「うわ・・青あざになってるよ・・」
その日はとにかく椅子に座るのが辛かったです。
もう火遊びは二度とやめようとH君と戒めたのでした。

お父さんのお仕置き 投稿者:T(7月17日(木)12時45分48秒)
今回は初めてお父さんからお仕置きをされた時の話です。
僕は進級して小学3年生になりました。
同時にクラス替えもあってそれまで中の良かった友達ともバラバラなりました。
クラス替えの度に色々とグループが出来ていくのが宿命ですね。
ある日の休み時間に外でサッカーをしたかったのですが、ボールは各種1クラスに1つずつしかありませんでした。
僕たちと別のグループもサッカーがしたかったらしくボールをめぐっていざこざに。
最終的には殴り合いの喧嘩になりました。
力では全然かなわなくて僕は相手にやられるがままでした。
あまりに悔しかった僕は自分の机にあったシャーペンを手に取り相手の顔を突き刺しました。
相手は顔を押さえて泣き出して担任の先生のところへ。
僕は先生にたっぷりと絞られました。
「このことは家にも連絡しておくからね。」
僕は真っ青になりました。
重い足取りで家に帰ると、お母さんがいました。
「先生から電話で聞いたわよ。とんでもないことをしたわね。今日はお父さんに叱ってもらいます。お父さんが帰ってくるまでここで正座をしておきなさい。」
そう言われリビングで正座をさせられました。
大体1時間半ほどして足のしびれも限界になった頃、お父さんが帰ってきました。
お父さんは僕を見るやいなや思い切りビンタを浴びせました。
そして強引に車に乗せられ、お父さんとお母さんとで怪我をさせた相手の家に謝りに行きました。
相手の両親はカンカンで、許してもらえるまで3人でひたすら土下座で謝りました。
それから家に戻り、お父さんに正座を命じられました。
「シャーペンで顔を刺すなんて!目に刺さったらどうするつもりなんだ!」
お父さんは往復ビンタを僕に浴びせました。
それだけでもう泣き出しそうだったのですが、横からお母さんが。
「あなた!顔は駄目よ!叩くならお尻にして!」
お父さんは、ああわかったと言うと僕を膝の上に押さえつけました。
半ズボンとブリーフを全部脱がされて、裸のお尻を思い切り叩かれました。
お母さんの時とは比べものにならないほど痛かったです。
僕は小さい子供のようにワンワンと泣いて大声で謝り続けましたが許してもらえませんでした。
そのまま20分は叩き続けられてその後僕は下半身裸のまま外に締め出されました。
通り過ぎる人に見られて恥ずかしくてたまらなくて、許してとドンドンとドアを叩きました。
そうこうしていると、向こうからはなんと怪我をさせた相手の姿が。
「よう。お前の弟がお仕置きされてるから見に来いって言うから見に来てやったぜ。」
またN(弟)のやつ・・
「ちんちん丸出しで、ケツも真っ赤じゃねーか。おい、痛かったか?ぎゃははは!」
僕は悔しくて、また涙を流しました。
「みんなにこのこと話されたくなけりゃ二度と俺に逆らうんじゃねーぞ。わかったか。」
そう言いやつは去って行きました。
それから次のクラス替えまでの2年間、僕はやつの言いなりになりました。

おねしょ 投稿者:T(7月1日(火)03時49分35秒)
同じく小学2年の時の話です。
ある日の朝目を覚ますとおねしょをしていました。
お母さんに見つかるとまたお尻ペンペンされると思い、必死でばれない方法はないかと考えました。
隣を見るとN(弟)が眠っています。
そうだ。この間の仕返しに今度こそNのせいにしよう。
それでお母さんにお尻ペンペンされるところをしめしめと見てやろう。
そう思いついた僕はNを起こさないように、そーっと僕の布団に移動させました。
あとはNのパジャマの股間を濡らせば完璧。
お母さんに見つからないように洗面所に水をくみに行こうとしたその時でした。
「ねえお兄ちゃん。何の真似?」
突然後ろから聞こえるNの声に僕は背筋を凍らせました。Nは起きていたのです。
「僕がおねしょしたことにしようとしたんだね。」
「いや・・その・・」
「お母さんに言っちゃおうかな。そしたらまたお尻ペンペンだね。」
「た、頼むよN!お母さんには内緒にして!」
「うん、いいよ。」
あっさりOKが出てホッとしました。でもそのつかの間・・
「でも内緒にする代わりにガチャポンしたいからお金ちょうだい。」
「え!?」
「ほら早く。それともお尻ペンペンがいいの?」
Nは脅迫してきました。
泣かしてやりたい気持ちでしたがお尻ペンペンの痛さを思い出すと、言うとおりにするしかありません。
僕はマンガを買おうとコツコツと貯めていたなけなしのお小遣いをNに渡しました。
「じゃあお母さんにおねしょしちゃったって言ってくるね。」
Nはお母さんのところへ階段を下りて行きました。
僕はガックリしながら濡れたパジャマとブリーフを履き替えました。
しばらくすると、、
ドン!ドン!ドン!ドン!
誰かがすごい勢いで階段を上がってきます。
部屋のドアが開くと入ってきたのはNでした。Nは泣いています。
お尻ペンペンされたのかな。しめしめ。
そう思っていると今度はお母さんが部屋に入って来ました。
「T(僕)!こっちに来なさい!」
突然の怒鳴り声に何がどうなっているのかパニックになっている僕を、お母さんは引きずって行きます。
「T!そこに座りなさい!」
僕は正座をさせられました。
「この間の窓ガラスのことでまだ懲りてないの!?またNのせいにしようとして!口止めにお金を渡すなんてずるいにもほどがあるわ!どうして正直に謝らないの!」
そうです。Nは僕からお金を奪っておきながら、お母さんに全部喋っちゃったのです。
あの涙も嘘泣きだった。あいつ・・
「どうなるかわかってるわね!ズボンとパンツを脱いでこっちへいらっしゃい!」
僕は恐怖でブルブルと震えてながら立ち上がりズボンに手をかけましたが、躊躇していました。
するとお母さんがしびれを切らせて、強引に膝に押さえつけられてパジャマのズボンとブリーフを脱がされました。
「今日はたっぷり叩くから覚悟しなさい!」
お母さんはそう言うと僕のお尻を平手で滅多打ち。
痛くて痛くてたまらなくて、泣きながら何度も謝りました。
この間よりも多く強く叩かれたことは確かです。
涙でにじむ視界の中、Nがお尻を叩かれる僕をニヤニヤとこっちを見つめていました。
いつかNに復讐してやる。そう心に決めました。
その日は学校でプールがあったのですが着替えの時に真っ赤になったお尻をみんなに見られないように、前よりも後ろを必死で隠したのを覚えています。

お仕置きの始まり 投稿者:T(6月23日(月)23時10分59秒)
僕の家のお仕置きは、お尻ペンペンでした。
幼少時代はズボンの上からパンと叩かれるだけでしたが、小学校に入るとズボンとパンツを脱がされて丸出しのお尻を厳しく叩かれました。
お尻ペンペンが本格的になったのは、小学2年の時から。
学校が終わって友達とうちの庭でキャッチボールをしていたのですが、手元が狂ってボールは窓ガラスへ一直線。
ものすごい音とともにガラスはこっぱみじんになりました。
家は留守で誰もいなかったのですが、友達とその場から逃げました。
どうやって言い訳をしようかと友達と考え、N(弟)のせいにしようということに決まり門限も近かったので家に戻りました。
何事もなかったかのように家に帰るとお母さんが出迎えに来ました。
「T(僕)。これは一体どういうことなの?」
もちろん窓ガラスのことです。
「ぼ、僕じゃないよ。Nが割ったんだよ。僕見たもん。」
「そう。Nが割ったのね。」
うまくいったか心臓の鼓動がうるさかったのを覚えています。
でも・・
「さっきH君(友達)のお母さんから電話があってね、庭でキャッチボールをしてたらガラスを割ってしまったらしいわ。」
「え・・!?」
「それにその時間はNはまだ保育園よね?」
「・・・」
僕は絶望のどん底でした。
「正直に謝れば許してあげようと思っていたのに、Tはお母さんに嘘をつくなんて悪い子ね。しかもNのせいにしようとして。」
「ごめんなさい・・」
「今さら遅いです。T。こっちへいらっしゃい。」
お母さんは椅子に座って僕の腕を引っ張り膝の上に押さえつけました。
「今日からもう甘やかさないから覚悟しなさい。20発よ。」
そう言うとお母さんは平手で僕のお尻を叩きはじめました。
結構痛かったのですがそれ以上に音がすごくて、とても痛いように感じるのと同時に恐怖で涙がぽろぽろと溢れ出て泣きながら謝りました。
お尻ペンペン20発のあと、
「次こんなことがあったら、今度はズボンも下ろして叩くからね。」
「はい・・ごめんなさい・・」
ようやくお仕置きも終わろうかという頃、後ろからNの声が。
「やーい。ばーかばーか。」
僕はかっとなってNを突き飛ばして壁にぶつけ、Nは大泣き。
「T!」
お母さんは激怒。
今度は小脇に抱えられて半ズボンとブリーフをすねのあたりまで脱がされてお尻を丸出しにされました。
お母さんは手を思い切り振り上げて、僕のお尻を叩きました。
さっきとは比べ物にならないほどの痛みと音で、僕は大泣きしました。
50発は叩かれたと思います。
その後下半身裸で庭に立たされてその日は晩ごはん抜きになりました。
そこにまたしてもNが。
「お尻出しっぱなしで恥ずかしい〜。お尻真っ赤だよ〜。きゃはは。」
またNに手を出したらお仕置きになると思い必死で我慢しました。
この時から悪さをするとお尻ペンペンが小学校卒業まで続きました。
他にももっと厳しいお仕置きや、Nが叩かれたりする話もあるのでまた書きにきまーす。

お尻ペンペン 投稿者:幸治(5月13日(火)16時18分06秒)
俺の名は幸治。37歳。
嫁・ゆり、小学3年生の息子・裕太との3人暮らし。

数日前、ゆりから家計簿の計算が合わないと話を持ちかけられた。それも1万円近く。
俺はそれを聞いて思い当たる節があった。裕太のことだ。
最近、部屋の漫画がやけに増えているのだ。週刊誌も毎週欠かさず揃っている。
裕太の小遣いは毎月1000円。漫画は昔に比べ高くなったもので、1冊400円近くする。週刊誌は220円。
それでも月に漫画が明らか5冊は増えているので、どうも怪しい。
前に冗談で、
「万引きしてるんじゃないだろうな?」
と裕太に聞いたことがあるが、
「違うよ!ちゃんと買ってるよ!」
と返ってきた。
愛する息子を疑うのは何とも気持ちのいいことではないが、俺は試してみることにした。
生活費は封筒に入れてタンスに隠してある。
まず、ゆりに具合が悪いと部屋に閉じこもってもらうことにした。これで、裕太は俺と2人きり。
夕食後、テレビを見て裕太と過ごしていた。
俺は、トイレに立つふりをして、扉の隙間から裕太の動きをうかがっていた。
すると裕太は、きょろきょろとしだしてタンスの方へ向かい、、
俺は、まさかまさかと動揺した。
そして裕太はタンスを開け、生活費の入った封筒を取り出した。
俺はその姿を見て、裏切られた、悲しい気持ちになると同時に、怒りも込み上げてきた。
俺はトイレから飛び出し、
「裕太ッッ!」
と怒鳴りつけた。裕太は一瞬ビクッとして、封筒を持ったまま固まった。
バシッ!!
怒りをおさえきれず、裕太の頬にビンタを浴びせた。
裕太は、
「ごめんなさい…」
と頬をさすりながら小さく謝った。
初めて自分の息子に手をあげてしまった。俺はこのあとどうすればいい?!
すっかり混乱してしまい、ひとまずゆりのもとへ。

話を聞いて、ゆりもさすがにショックを隠せないようだった。
長い沈黙。
そして、俺は思い出した。子供の頃、同じように親の財布から金を盗んでばれた時のことを。
親父は激怒して、母親に俺をうつぶせに押さえつけるように命じ、親父はほうきの柄で俺の尻を滅多打ちにして、そのあと締め出しにした。
俺は、これだと思いついた。だが、今の時代にこんなことをすれば虐待よろしくである。まずは気持ちを落ち着かせることに。

冷静になったところで裕太のもとへ。
「裕太。ここに正座をしろ。」
「………はい。」
「いいか。いくら家のお金だからといって盗むのは泥棒と一緒だ。これからお父さんはお巡りさんを呼んで裕太を連れて行ってもらう。」
俺は携帯を取り出した。
すると裕太は、
「やだ!ごめんなさい!もうしません!」
と慌てふためいた。
「本当か?ならそれは許してやる。」
裕太はほっとした様子だった。
「でもそのかわりに……」
俺は裕太を自分の膝の上にうつぶせに押さえつけた。
「な、なにをするの?!」
「これからお金を盗んだ罰として、裕太のお尻をお仕置きする。覚悟しろ。」
「そんなのやだよ!離してよ!」
「じゃあ、お巡りさんのところへ行くか?」
「そ、それは……」
「反省しろ!」
俺は裕太のズボンとパンツを膝まで脱がせた。そして手を振り上げ、
バチン!
と裕太のお尻に下ろした。
裕太は、ビクッとして俺の太ももをギュッと掴んだ。

バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!
「痛い!痛い!ごめんなさい!」
バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!
「ひいーー!痛いよーー!」
バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!
「もうしません!許して!痛いー!」
バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!
「うわぁぁん!もうわかったからー!お母さん助けてー!」

裕太は泣きわめいたが、俺は心を鬼にして10分ほど叩き続けた。
そして手を休め、裕太を自分の前に立たせた。
「もう二度としないと約束するか?」
「ぐすっ…はい。ぐすっ…二度としません。」
「今度やったらお小遣いなしだからな。」
「そ、そんな…」
「反省してないな。お尻ペンペン続行だ!」
再び、膝に押さえつけようとすると、
「やだ!はい!はい!約束します!」
「本当だな。よし、ズボンをはきなさい。」
裕太は慌ててパンツとズボンをはいた。

「少しやりすぎたかな?」
俺は自分の手の痛み、赤く腫れた裕太の尻を思い出して心配になった。
でもその後は家の金に手をつけることはなくなり、何か悪さをすれば、
「ごめんなさい!お尻ペンペンだけは許してください!」
と口にするようになった。効果てきめんである。
これが、俺が息子に対して初めて行ったお仕置きです。

いじめの報い 投稿者:やす(4月9日(水)18時03分40秒)
中学の時、女子に人気があって、キザで、気に食わないと思っていたAを、悪友たちとこらしめようと企みました。
そして、ある日の掃除の時間、数人でそっと後ろから忍び寄り、Aの腕を取って抑えつけました。
Aは足をばたばたさせて抵抗しましたが、身動きが取れず、俺はAのズボンに手をのばしました。
するとAは、大声で叫んで抵抗して、なんだなんだとみんなが寄ってきて、いい感じになってきたぞと思いました。
そして、ベルトを外して、チャックを下ろして、パンツと一緒に一気に脱がせて下半身丸出しにしました。
女子たちは、キャーキャー言いながらも、ばっちり見ていました。
Aのあそこは、まだ生えてなくて、おまけに完全に皮を被ってました。
いつもかっこつけなのにと、みんなは大爆笑。
パンツを見ると、前は黄ばんでいて、後ろにはウンコがべっとりとついていました。これまた大爆笑。
俺は、パンツを泣いているAの頭にかぶせて、使い捨てカメラで写真を撮りました。
みんなの前で、Aにたっぷり恥ずかしい思いをさせてやれた。俺たちは大満足。
「先生にちくったら、この写真ばらまいてやるからな」
そう言って、釘をさそうとしたその時でした。
「お前らァァ!」
後ろから生活指導の先生が怒鳴り声とともに登場して、俺たちは真っ青になりました。
まずは、いじめた俺たち全員で、Aに土下座をさせられました。
次に、俺たちは黒板に手をついて並ばされ、先生はズボンとパンツを膝までおろして尻を出せと言いました。
さすがに、許してくださいと言いましたが、許してもらえず、みんなが見ている前で生尻を披露するはめに。
「悪ガキどもめ!歯を食いしばれ!」
先生は、順番に竹刀で尻を打っていきました。
滅茶苦茶痛くて、俺たちは、泣きながら勘弁してくださいと叫び続けましたが、許してもらえずに10分は叩き続けられました。
そのあと、カメラは当然没収され、俺たちは尻を出したまま、頭に手をやって放課後まで廊下に立たされました。
みんなに見られて、恥ずかしいなんてもんじゃありませんでした。
一通りみんなが下校すると、そこにはAの姿が。
まずAは、後ろから尻を出して立っている俺たちを、使い捨てカメラで撮りました。
次に、パンツをまじまじと見られ、
「お前らだって、パンツにウンコつけてんじゃん。」
そう言われ、パンツも撮られました。
最後に、股の下から俺たち全員のあそこを撮られ、
「今度、俺になんかしようものなら、わかってんだろうな。」
と言い、去っていきました。
悔しくて仕方なかったです。
それからしばらくして、生活指導の先生がやってきて、
「少しは反省したか。今度、くだらない真似をしたら、こんなものでは済ませんからな。」
と言われ、ようやく許されました。
地獄のようなはずかしめから解放され、ほっとしたのもつかの間、Aの仕返しはまだ終わっていませんでした。
なんと、俺の家にまでその日の悪事が報告され、俺は再び真っ青に。
俺の親父は怒り狂い、部屋に連れて行かれ、正座をさせられ1時間説教。
そのあと、膝の上に乗せられ、ズボンとパンツを脱がされて、30分ほど平手で尻叩き。
それでも親父の怒りは収まらず、今度は四つんばいにされて、竹のものさしで生尻を50発。
俺の尻は、真っ赤で、もう一つ尻が出来たかのように腫れ上がってました。
とどめに次の日、床屋に連れて行かれて、丸坊主にされ、ようやく許されました。
学校で、丸坊主で椅子に座るのをつらそうにしている俺を見る、Aのあの憎たらしい顔は一生忘れません。

折檻  投稿者:二品(9月13日(金)12時05分08秒)
自分は母子家庭でした 母親は菓子工場で働いており 独身の工場長が自分の面倒を見てくれました… 母親は率先して 残業をこなし 毎日 日付が変わる頃まで働き 残業代を稼ぎました… 工場長の家も 敷地内の一角に有りましたが 管理職には風呂付きの2DKで 工場長はいつも 一緒に風呂に入り 自分の身体を触り捲りました イヤイヤをしたり 遅刻をしたり 食べ物の好き嫌いも お仕置きの対象になりました 母親に話せば 仕事も住む所も無くすと 脅され 小4から 高3まで 工場長の お仕置きの対象として 『オレはおまえの調教師だからな!』と言って 尻を叩かれました… 小4のころは 膝に抱かれ 平手打ちでした 痛くて泣き出すと 『これも全部おまえの為だ 父親の居ない子はグレるからな 我慢するんだ!』と叱られ 膝の上でひっくり返されると 両ひざの裏側に腕を入れ マングリ返しにされます! 肛門にオイルを落とし 指が入ります 痛みと排便感が急激に押し寄せます! 声を出したり泣くと 罰を与えられるので 必死にこらえます! 『学校でウンチしたか?』 したと答えれば 臭いが無い 浣腸がイヤだから ウソをついている していないと答えても どっちにしても浣腸です 学校から帰って来て 流し台に 洗面器とガラスビーカーの浣腸器が置いてあったので あぁ今日は浣腸だと 覚悟は決めていましたが 工場長の浣腸は本当に苦しいし 少しでも漏らせば 厳しい お仕置きが待っています! マングリ返しにされたまま 次は玉を揉みます! 『おぉ あと少しで おまえも精を出すな! いいか 何度も言うが オシッコ以外の目的で オチンチンを触ったら 鞭30発だぞ!』 工場の老朽化したベルトを60aほどにした 自家用鞭で これで叩かれると 一発で2メートルぐらい飛び出し ミミズ腫れが出来ます… 工場長の仕置きの中で 一番怖かったのが 『鞭が欲しいのか?』の一言でした! マングリ返しのまま 仮性の皮を剥かれます… 涙が出るほど 痛いのですが 『ちゃんとしない子は どうなるか解ってるよな!』 完全に鞭です! 何をちゃんとするのか 体格でも力でも 立場でも 工場長に逆らえば何もかも失うと 子供の頭では それしか考えられませんでした… 激痛の皮むきが

お仕置き 投稿者:タツヤ(9月4日(水)10時48分36秒)
小6の時友達のゆうくんと花火をして遊ぼうという話になりました。
まだ小遣いはもらってなかったので近所のスーパーで花火とろうそくとライターを万引きしました。
そしてある日の晩二人だけで花火をしました。
最初は手持ち花火をしていたのですが段々飽きてきて次はロケット花火。
ただ火をつけて飛ばすのにも飽きてエスカレートしてついにはよその家に向かって飛ばしたりして楽しんでいました。
するとその家の人が飛び出てきて捕まりゆうくんの親を呼び出されてしまいました。
二人はそのままゆうくんの家に連れて行かれました。
ゆうくんのお父さんは子供だけで花火をするとは何事かとコンコンと説教をしました。
それに花火はどうやって手に入れたかと問い詰められ白状させられました。
それを聞いてゆうくんのお父さんは烈火のごとく怒り出し戸棚からゴムで出来た卓球のラケットのようなものを取り出しました。
それを見たゆうくんは立ち上がりズボンとトランクスを脱いで下半身丸出しになり壁に手をつきました。
僕は何のことだとわからずにいるとゆうくんのお父さんは「たつやくんもお尻を出しなさい」と言いました。
頭の中は真っ白でもたもたしていると「早くしなさい!」と怒鳴られゆうくんと横に並んでズボンとパンツを脱ぎ捨てて壁に手をつきました。
チラッとゆうくんのあそこを見ると小6にしてすでに生え揃っていました。
その時僕はまだ白ブリーフでおまけにまだツルツルだったので恥ずかしくてたまらなかったです。
ゆうくんのお父さんは「よその子だからといって容赦しないからな。二人とも50発だ」と言いラケットを振り上げまずはゆうくんのお尻を打ちました。
ゆうくんはわずかにうめき耐えていました。
次は僕のお尻にラケットが飛んできました。
とてつもない痛みでたまらずお尻を掴んで「痛い!」と叫び座り込んでしまいました。
ゆうくんのお父さんは「姿勢を崩すんじゃない!今度姿勢を崩したら5発追加だからな!」と言いました。
その後もゆうくん、僕の順でお尻を打ち据えていくゆうくんのお父さん。
10発を過ぎたあたりからお尻の痛みは耐えられないものになってきて涙を流してワンワンと泣きました。
ゆうくんも30発あたりから泣き出しました。
耐えられずに2回ほどお尻に手をやって「もうしません!許してください!」と言いましたが許してもらえず追加されてしまいました。
ようやくお仕置きは終わりゆうくんのお父さんは「これに懲りたら二度としないことだ。さあパンツをはきなさい」とパンツを渡されパンツとズボンをはきました。
自宅に戻るとお母さんにビンタをされ正座をさせられ10分ほど説教を受けました。
お尻が痛くてたまらなかったです。
お風呂に入るとき服を脱ぐとブリーフに血のあとが点々とついていました。
慌ててお尻を鏡で見ると赤黒くなっていて所々かさぶたが出来ていました。
それ以来お仕置きが怖くて悪さはしないようになりました。

虐待? 投稿者:ゆうへい(6月16日(日)03時46分00秒)
お隣さんからなにやら声が聞こえてくるので見に行ってみると、
縁側でお父さんの膝の上に男の子がうつぶせに乗っかってました。
それもパンツも全部脱がされて、生の尻には見事なもみじがいくつか。
最初はなにか悪さをしてお仕置きされてるのかなと思っていたのですが、
どうやらそうではなく九九を言わされている様子でした。
男の子はまだ幼稚園年少で、あまりにも無理があるだろうと思いつつ眺めていたのですが、間違えたり詰まったりすると、

パーーーン!

と渾身の力で尻叩き。同時に男の子は号泣。
そのとき僕は学校でちょうど九九を習ったところでしたので、
それを嗅ぎつけて(?)対抗意識をお父さんが燃やしたようでした。
最終的にそのお隣さんは数年後に夜逃げするのですが、
今思い返すだけでも奇妙でショッキングな光景でした。

飴とムチ 投稿者:はる(5月30日(木)11時35分31秒)
 16歳の頃、家に居づらかった僕に手を差し伸べてくれたのは近くのマンションに一人
で住む昔から顔なじみの52歳のAさん。部屋の鍵とゲームやビデオや漫画やお菓子おこづかいまであてがわれて。でもそんな至福の代償はそのAさんのかなり変質的な趣味におつきあいすることでした。部屋では必ずAさんお気に入りのTシャツとランニングパンツに着替え、決められた日には作られた筋書通りに事が進みます。何かのお仕置きで四つん這いで裾をくい込み吊り上げられ尻叩き、正座で腿をわしづかみや定規むち叩き、定規の角でなぞられこすられ、その真っ赤な腿のままポルノ映画館のロビーや入り口で一人立たされたことも。Aさんは自分が苦痛や恥辱を受けている姿を見るのが何より喜びました。いつの間にか家に帰りたくないのは口実になり恥辱の快感は自分の奥底にまで植えつけられました。
 一か月半の出来事でしたが思い出すたび胸も股間も熱くなります。
 
 

目覚め 投稿者:H(4月30日(火)16時32分16秒)
小学5年生の時の話です。

ある日の掃除中、僕はT君の背後に忍び寄り、ふざけてT君のズボンをおろしました。
すると目の前に飛び込んでみたのは、お尻の部分にミッ○ーマウスが大きくプリントされたブリーフ。
僕「うわ〜T君ミッ○ーのパンツはいてる〜」
僕がそう叫ぶと、辺りは大笑い。
T君は顔を真っ赤にして慌ててズボンをあげ、僕を思い切り突き飛ばしました。
僕はそのまま壁に後頭部を打ちつけました。
別に何ともなかったのですが、それを見ていた担任に早退を告げられ、病院に連れて行かれ検査を受けました。
結果は特に問題なし。

その日の晩、T君のお母さんが家にお茶菓子を持って謝りにきました。
T母「この度は、うちのTが…」
母「とんでもないです。悪いのはうちのバカ息子ですから。」
そんなやりとりがあったあと、T君のお母さんは僕にこう言いました。
T母「H君、ごめんね。Tならお父さんにたっぷりお尻をパッチンしてもらったからね」
それを聞いた僕は衝撃を受けたというか、アソコがギンギンになり、その日の夜は興奮でよく眠れませんでした。

次の日、学校で僕はT君に謝りました。
僕「T君、ごめん。」
T君「いや、もういいよ。」
そして、勇気を振り絞ってたずねました。
僕「……お尻、痛かった?」
するとT君はうつむいて小声で、
T君「…うん。泣いちゃった。」
そのあと僕は、
「パンツも脱いで?」
「回数は?」
「どんな姿勢で?」
と大興奮で質問攻めにしました。

これが僕の、スパンキングへの目覚めです。

恐怖のケツ叩き 投稿者:少年0(4月21日(日)15時15分15秒)
ほんまの話です。
親父は元ヤクザで、解体屋を営む筋肉隆々のレスラーみたいな人だった。身長も185以上で兄弟みな親父の言うことは絶対だった
そんな親父も母親と娘にはすごく甘かった。

俺は任経物なんかに憧れ、中1の時に、友達を悪ふざけで包丁で切腹の物まねをして遊んでました。そんなある日、俺はちょっとえらそうな時期で、子分がいるほどでしたが、
ある日いじめられっこの子に切腹しろと命令しました。
その子は泣いて謝ったけど、俺はほんまに切腹したらどうなるんやろと思ってやれとずっ
と言い続けてました。
でも、勿論、そう思いながらも、途中で止めるつもりだったし、
真似事の一種と安心して遊んでましたが、その子は本当に包丁でおなかを刺しました。
血が吹き出て・・・
すぐ救急車。幸い、傷は浅く大丈夫。
俺は母親に無茶苦茶叱られ、「お父さんにたっぷり叱ってもらうわよ」と親父を二人で待ってました。
帰ってきた親父はまず何も言わず、俺を思い切りひっぱたき、そのまま小脇に
俺をかかえて、車にのせられました。

父の事務所(まだこの時ヤクザデシタ)へつれてかれ、ソファーに乱暴に投げられ、
事務所にいた子分の人たちに「〇〇のパンツおろしてケツを出させろ!お前ら、
〇〇押さえつけとけ!」と言い、「おやっさん、何されるんですか?」
と聞いたとき「こいつが悪ふざけで学校で同級生に切腹って遊びして、
いじめられてた子がこいつが命令するもんやからほんまにしよったんや。
幸い浅いケガやったらか大丈夫やったけどな。」
「まじっすか・・・。それは・・・」
「せやから、今からこいつにその子が味わったと同じくらいの恐怖を
味わわせたるんじゃ。お仕置きや。お前らこいつしっかり抑えつけえ!」

俺は子分の人たち数人し押さえつけられ、身動きがとれず、ソファーにケツ丸出しで

親父は竹刀でしこたま俺のケツを叩いた。
むちゃくちゃ叩かれ、泣き叫び許しを請うも、全く無視をされ、30分近く叩かれた。
ケツから血も少しでていた。
そして親父は、事務所の窓際で立ってるよういい、首から紐と紙をさげられた
「お仕置き中」と。

時々、事務所にお客さんやら子分なら業者がくるたびに、恥ずかしくて死にそうだった。
親父はそれでも全く許してくれず、俺が時々、立ってるのが辛くなり動いてたら
、小脇に抱えられ、平手でケツを何度も叩かれた。
結局、お仕置きが終わったのは、6時間後ぐらいだったな。

親父はそれから何年かして、「後にも先にもあれがお前にした
一番きついお仕置きやったけど、やる側の俺も覚悟いったんやで。やっぱなんやいうても息子の体を罰するちゅうんはきっついもんがあったで・・・」と言ってました