若専親父の独り言 - エロエロ人生、思い出話



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<オーナーのメッセージ>
不細工な容姿・体型のくせに若い男に目が無い親父。
これまでの体験談や思ったことを徒然なるままに書いていきたい。
同じような趣味趣向の同朋の方々も是非書き込みをお願いします。


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初めてのゲイサウナ体験(2) 投稿者:てつ(1月20日(日)23時42分05秒)
翌日は東京に戻る日だったので、意を決して連夜の北欧館。
あの暗い部屋の中で何が起こるのか、期待と不安を抱きながら北欧館に入った。

風呂に入ってると30歳前後くらいでスリ筋体型の人が俺の隣に座った。
普通っぽい感じの人で、時々目が合う。 (え?、これって合図なんだろうか・・・)
何となく誘われたような感じがして、その人の後をつけるように俺もミストサウナに入った。
しばらくすると真っ暗な中で誰かがそっと俺の手に触り、俺の体を触ってきた。
そして俺の体を引き寄せるように抱き合った。(多分、さっきの兄さんだ。。)
その場はそこまで。

俺がソファーに座ってると対面辺りに居て、時々俺を見ている。
兄さんが上の階に上がったので、俺もついて上がる。
兄さんは暗い部屋に入ったが、俺は胸がドキドキして決心が付かない。
踊り場の長椅子に座っていると、兄さんが出てきて俺の隣に座った。

兄さん「どんな人がタイプなの?」
俺「いや。。。特に考えてないです」
兄さん「今日は週末だから混み合うよ、一緒に場所確保しようか」
俺「そうなんですか?」 と言って、俺は兄さんの後を付いていった。

確かに、既に部屋の大半は塞がってて、部屋の隅の方にようやくスペースを見つけて一緒に横になる。
そこで当然、ゴソゴソやったわけで・・・

優しい人だったなぁ。抱き合い、キスしながら夢心地だったような。
俺も兄さんも硬くなったモノをしごいたり、兄さんが布団に潜って俺のモノをしゃぶったり。
そして、兄さん「ここできるの?」と小声で言いながら俺のケツをポンと叩いた。俺は小さく頷く。
ゆっくりと押し込まれ、慣れるまで動かさずにいてくれたので、痛さも無く気持ち良かった。

終わった後、兄さん「君、タチもできる?」
俺はまた頷いて・・・、今度は俺が兄さんを掘る。俺を感じてくれてるのがわかった。

一緒に風呂に入って戻ってきたとき、その場所には既に他の人が居た。
仕方なく二人でまた場所を探して、一人分のスペースに抱き合って寝た。

翌朝、兄さんに求められて再び合体。今度は少し激しく突かれた。
兄さん「俺、大阪じゃ無いから、今日帰らないといけないんだよな。」
俺「僕も大阪じゃ無いです」 でも、それ以上の話は無くて、二人で風呂に入ってから北欧館を出た。
裸しか見てなかったので、服を着た兄さんが新鮮に見えた。
スーツ姿も決まってて、一瞬見違えた。

相手が言わないこと、聞かないことを、俺から聞くのはマズいかなと思った。
でも、俺が「また会いたいです」と言うと、
兄さんは、「ああ言う場所で知り合った時は、その夜だけで忘れた方がいい」と。
そうして泉の広場の辺りで俺は兄さんを見送った。
切ない感じがしたけど、ゲイサウナでの出会いってそう言うものなのかな・・

良い思いをするとまた行きたくなるもの。
半年後くらいに大阪に行ったとき、期待を膨らませながらまた北欧館に行き、たて続けに数名とヤッタ。
今思うと、あの頃からサウナを性欲解消の場ととらえだしたのかもしれない。

初めてのゲイサウナ体験 投稿者:てつ(1月20日(日)19時12分02秒)
初めてゲイサウナに行ったのは約30年も前のことだ。
大学に入って一人暮らしを始めてからゲイ雑誌を買い、記事を読んで興奮したり、投稿欄を読んで思いをはせ活用してた。
雑誌の後半には広告が沢山載ってたので、それでも情報収集。
色々と興味がある年頃だったので、怖さもあったが高まる気分を抑えることができずに行動に移した。
とは言え、東京でゲイサウナに行くのは抵抗があり、たまたま大阪を旅行したときに思い切って行ってみることにした。

初めて行ったのは、多分今でも営業中の「北欧館」というサウナで、堂山からもすぐの所にあった。
実は、ゲイバーにもほとんど行ったことなかったが、ゲイサウナに行く心の準備ができるまで、直ぐ近くのバーに入った。
雑誌を読んだりして1時間くらい時間を潰しただろうか、9時頃になって北欧館に向かった。

入っていきなり勝手がわからない。
入口付近で少しおどおどキョロキョロしてると、受付で一緒になった人が教えてくれた。「ここ初めてなの?」と。
俺「はい、こういう所に来るのは初めてなんで・・・」

2階に上がると風呂があった。風呂はガラス張りで中に居る人がモロに見える。その前が脱衣ロッカー。
皆にならって俺も風呂に入る。普通の銭湯と変わりないか・・・いや、この視線はやっぱり普通じゃ無い。
でも、まぁ、みんなマッタリとしてたかな。

スチームサウナに入ってみたら、なんと真っ暗!
入口付近に居ると、続いて入ってきた人に押されるように体を触られた。
真っ暗だし、ちょっと怖くなって直ぐに出た。

同じ階の奥の方にソファーを置いてる部屋があって、そこで雑誌を読みながら様子を見た。
上の階が本丸であることは容易に想像ついたが、なかなか行く決心がつかない。
俺と同い年位の細い子が階段を上っていったので、ようやく決心が付いて俺も上の階に上った。

階段の踊り場の椅子に座って様子を見ていると、真っ暗な部屋に人が出入りしている。
俺も恐る恐る中に入ってみた。
最初は何も見えなかったのが、徐々に目が慣れてくると、布団にの中で絡まる男たちが見えた。
奥の少し明るい場所では、露骨にやり合い、またそれを見ているギャラリーも。

俺は心臓がバクバクして、性的な興奮と言うより恐怖心の方が強かったように思う。
もちろん、何人もの人から触られ、その手を振り払った。

雑誌の投稿欄で知り合った人達と、タチもウケも一通りのエッチは経験してたが、
ああいう場所でヤルのには、抵抗というか怖さがあって躊躇してしまった。

踊り場の椅子に座って雑誌を読んでたら、入口で会った人が来て、「どうだった? イイ人見つかった?」
俺「いや、ちょっとビックリして何も・・・」
彼「じゃ、俺とどう? 最初見たときから可愛いなと思ってたんだけど」
露骨な誘いに、俺は「いや、その〜」と曖昧に返事するのが精一杯。

と言うことで、初日は何もできずに、12時前にはホテルに戻った。
後悔した。何であの時・・・・(笑)
翌日もまた行く事を決めた。  今度こそは・・・

バンコクの思い出はつきない 投稿者:てつ(1月18日(金)17時28分53秒)
20代後半の頃に初めて行ってから10年位は休みが取れる度に行ってた。
体力的にも一番元気だった頃、タイにハマってたわけだ。
アジア通貨危機でタイ経済が良くなかったため、タイバーツが安くてお得感があったこともも一つの理由。

あの頃、バンコクのゲイサウナは元気があった。
新規オープン店が相次ぎ、古参の BabylonやObelisk, Faros, Heavenなども頑張ってた。
俺は休暇旅行の身、知人に見つかることもない開放感から羽を広げてたんだと思う。

最初の頃は Babylon に行ってたが回数は多くなく、シーロムの Soi 2 & 4 で知り合った人達とバカ騒ぎする方が楽しかった。
スリウォン通りには有名な Gay Go Go Bar 街があって、俺は入口付近のカウンターバーの店でよく飲んでた。
そこで知り合った相手と・・・というのもアリなわけで。。
その店の子と仲良くなって、友達や閉店後に加わった Go Go Boy 数名とスリウォンホテルでバカ騒ぎしたこともある。
Go Go Bar のショーさながらに目の前でXXXやったりして破廉恥極まりない楽しさだった。
もちろん、俺も元気にタチ役で参加させてもらったが。(笑)
エッチをあんなに大っぴらにデキる雰囲気って、むしろエロさを全く感じなかったかも。

Babylon卒業後の主戦場は夕方が狙い目だった Heaven Sauna。
シーロムにホテルを取ることが多かったので良く行ったものだ。
昼過ぎに行って屋上テラスでマッタリして、夕方頃に混み合ってきてからが勝負の時。
自慢することではないが、細身の日本人はタイ人に滅茶苦茶モテたのです。

Boys Massage を初体験したのもその頃だった。
チップ込みで1,000THBもあればおつりがくる時代だったので気軽に行く事ができた。
V-Clubの有名ママに気に入られてしまって何度も誘われたのを覚えてる。
かなりキモい感じの(多分)オカマだったのでご遠慮願ったが。(笑)

当時の人気店は Hero とか Albury 。少し後にサトーン通りに Aqua Spa もできた。
ゲイサウナでマッタリするのもいいけど、マッサージでサクッとヤル方が手軽だった。
マッサージと言っても大半はエッチしてるわけで、体の中までもみほぐされたわけだ。
サウナで出会うことが無いような色黒で少しマッチョ系な人を好んで指名してたかな。
タチ、ウケや持ちモノのサイズなどは事前に聞くことできたのも良かった。

同じ売りでも Go Go Boy とは違って見た目も体格も気を使ってる人が多かった印象。
とあるマッサージで、色黒で細身の可愛い系の子がいて、マスターに勧められて指名した。
「この子はナンバー1だから」って。
直ぐにその意味がわかった。
俺の前で全裸になったその姿、不釣り合いなくらいのモノがぶら下がってた。
タチしかやらないと言うので俺が受けることになったのだが、流石にすんなりとはいかない。
最後は何とか頑張って合体できたけど、正に串刺しされたような気分だったなぁ。

帰り際、マスターが「大丈夫だった?」と一言。
あのサイズだと無理な人もいるそうで、『苦情』を言われたこともあるらしい。
そういって、マスターは俺の尻を数回揉んで送り出してくれた。

その子、モデルとしてゲイ雑誌のに載ってたのを後に見た。
更にはゲイビデオにも出てたのも見たことある。
顔は少し大人の顔になってたけど、持ちモノは俺が体感したまま。
ウケ役の子はわりとすんなりとくわえ込んでたような・・・プロは流石です。(笑)

持ちもののデカさは気になるところ。
まぁタイで経験した中では間違いなく Top 5 に入るデカさでした。
アレ位になると誰が No 1 だったかは判定難しい。Top 5 を選ぶとすると、
Phuket の Massage の A君とB君、Heavenで出会った C君、それに GSM Sauna で出会った D君くらいか。
いや、他にも居たかもしれない・・・(笑)

バンコク Orion Sauna での思い出(2) 投稿者:てつ(1月17日(木)15時08分35秒)
普通の日はいたって穏やか。
それでも真っ暗な通路では数名がやり合ってて、餌食になったこともある。

ある日、帰り際に受付に居た子と目が合った。
彼も俺のことを笑顔でじっと見ている。
目がぱっちりしたスリムで可愛い子・・・(後でわかったが俺より2つ年上だったけど)
彼も俺のことは日本人だと直ぐにわかったらしいが、20代前半だと思ってたらしい。

その子のことがどうも気になって、翌々日にまた行った。
昼過ぎの早い時間だったので客はほとんど居なくて、俺が屋上ラウンジに居たとき、その子が来た。
胸に名札を付けてたのでマッサージの子だとわかった。

客が来ないのを確認すると、その人は俺をラウンジの奥の方に誘って大胆にもボーディータッチ。
段々と興奮してきた俺はバスタオルを取ると、その人は俺の下半身を口に含んで刺激した。
その子の下半身を短パンの上から触ると既にガチガチになっている。
チャックを降ろしてあらわにし、俺もお返し。
その間、わずか数分だったかな、その子は呼ばれて下の階に降りて行った。
また上がってきたときは、手にバスタオルと道具を持って個室に消えていった。
そう、先ほど親父が入っていった同じ個室に。

一時間ほどして、親父が部屋から出てくるところに出会った。
しばらくすると、その人も部屋の掃除を終えて出てきた。
俺と目が合い、少し下を向いたような。。。
まぁ、仕事だから仕方ない。

一階の奥まった所にもシャワーとジャグジーがあって、俺が行ったとき、その人が掃除してた。
なんだか、あのまま中途半端は嫌だったのかなぁ、今度は俺から手を取り少しだけイチャイチャ。
その後、マッサージ用の個室に誘われて、そこでガッツリやり合った。
その人は仕事柄タチもウケもできたけど、その時は俺がタチ。
目がぱっちりとした男前が悶える姿に俺は興奮したね。

また会えるかと聞くと、仕事が終わってからなら・・と。
10時頃まで時間を潰して Orion を出て、外で待っていたらその人が来た。
近くの屋台で軽く夜食を取り、バイクの後ろに乗ってその人の部屋まで行った。
6畳一間くらいの雑然とした部屋。初めて見るタイ人の普通の生活風景だった。

また一戦交えたあと、今度は自分がタチをしたいと言って、俺はウケにまわった。
一緒に寝て、目が覚めたらもう昼前だった。
片言の英語で話して、また会う約束をした。
次にバンコクに来たらまた会いに来るから・・・と。
でも、次回の訪タイで Orion に行った時は、もうその人は居なかった。
店の人に聞いたら、数週間前に辞めてタイ東北部の実家に帰ったのだとか。
もともと出稼ぎでお金が貯まったから帰ったと言ってた。

色んな出会いと別れがあった。
思い出すと少し泣けてくるかな。

バンコク Orion Sauna での思い出(1) 投稿者:てつ(1月17日(木)14時27分52秒)
完全にローカルだけと言ってもよいサウナで、西洋人はおろかタイ人以外を見かけたことはなかった。
雑誌に載ってたタイ語の広告を見て、タクシー運転手に載ってた地図を見せて連れて行ってもらった。
モロにゲイな広告だったが、旅の恥はかき捨てとでもいうか、恥ずかしさはなかったなぁ。
店名だけは英語で書かれてたので何とか辿り着くことができた。

ちなみに、Babylon に行くときは、シーロムでタクシーをひろって Babylon と言えば連れて行ってくれた(笑)

日本で言う長屋とでもいうか、バンコクでよく見かける4,5階建ての住居ビルの一角にあった。
ゲイサウナがメインだが、個室があってマッサージもやっていたのでボーイが数名居た。

このサウナの一つの売りは曜日によって全裸デーがあったこと。
ファロスとか過激さで有名サウナではやってたようだけど、流石に躊躇して行けなかった。
Orion の全裸デーは、夕方暗くなってから屋上が全裸のみになる。
屋上に上がる階段は鉄製のハシゴみたいなやつで、階段下で店の人がバスタオルを剥ぎ取るしくみ。
否が応でも全裸にさせられるわけだ。
しかも、階段前はバーカウンターとラウンジのような作りだったため、屋上にあがるを全員に見られる。
目当ての人が階段をあがれば着いていけば良いので合理的と言えば合理的。

大きな観葉植物の鉢が沢山置かれてて、その間にベンチや木製のリクライニング椅子があった。
明かりはほぼ無いので、薄暗い中で相手を探し観葉植物の大きな葉っぱに隠れてヤルのだ。
俺がベンチに座るとすかさず隣に座る者がいて手が伸びてくる。
遠くに見えるバンコクの明かりを見ながら後ろから・・・というのもあった。
開き直って椅子に仰向けに寝てると、群がるハイエナのエサになった気分だったなぁ(笑)
薄暗いので顔はよく見えない。
先に階段を降りて待つか、逆に待たれる感じで、下の階の個室に移って二戦目とかも。
タイ人ってシャイな人が多いと聞いてたけど、全裸デーだし皆大胆だったと思う。
初めて3P,4Pをやったのが Orion サウナだったので、忘れられない思い出だ。

仕事帰りの人が多かったようで、夕方から混んできて8時過ぎには皆帰ってく感じだったかな。
年配も多少はいたけど20代から30代がメインで、俺にとっては同年代だし居心地は良かった。
多分、年配はマッサージボーイ目当てだったのかもしれない。

タイにハマってた頃(2) 投稿者:てつ(1月17日(木)07時50分29秒)
俺がバンコクのゲイサウナに行きだした頃から今でも営業してる所はほとんど無い。
当時はまだ若かったので、遊び仲間もできて色々なゲイサウナに一緒に行った。
一番気に入ってたのはトンローにあった Obelisk サウナ。
Babylonは西洋人が多かったのに対してObelisk はタイ人中心で、設備は負けないほど立派だった。
確か11階建てで屋上にジャグジーやバーカウンターがあってマッタリできた。
相手見つけてヤル時は薄暗い下の階に個室が沢山あって申し分ない。

今でこそBTSで簡単にトンローまで行けるが、当時はシーロムからタクシーに乗ってかなり遠かった印象。
周りには高い建物もまだなかったように記憶している。
Obelisk は残念ながら直ぐに閉店してしまった。客はそれなりに多く繁盛してたはずなのに・・・
噂ではマンションになったと聞いたことがある。
定かでは無いが、多分このビルダよなぁ〜と思うビルはあるが、当時は周りに何も無かったはずだ。

トンローと言えば、もう一つ Colony Sauna というのがあった。
広い一軒家を改築したようなサウナで、マッサージも併設していてマッサージボーイが店内をうろついてた。
雰囲気はなかなか良かったんだが、クスリだったか未成年売春だったか当局の取り締まりであえなく閉店。
周囲は再開発されて綺麗なビルもできてるけど、Colony のあった場所は今でも荒れた空き地のまま。

Obelisk に話を戻すと、実はここでデキた覚えはほとんど無い。(ゼロでは無いが)
いつも数人で行ってたので屋上のバーで飲みながら景色を楽しむことが多かった。
流石に一緒に行った連中とヤルことはなかったから(笑)

あの頃は俺も若かったし、知り合いとバカ騒ぎしたり、色んなゲイサウナにも行って楽しかった。
一人行動するようになったのは、バンコク事情になれてきた頃からだったかな。
年に数回、4,5年に渡ってよく行ってた。

俺は白人が来る場所よりローカルなサウナの方が気に入ってたので、
ネットの書き込みを見たりしてマニアックな場所にも良く足を運んだ。
交通手段はタクシーだけだったので行動範囲はそんなに広くは無かったが。

気に入って何度も行ったのはチャオプラヤ川を渡ったピンカオにあった Orion Sauna や
中華街にタイ人でいつも賑わってた大型サウナ GSM
ローカルなゲイエリア、サパンクワイにあった Adonis とか。
どれもちょっとマニアックで日本人が行くような場所ではなかったかもしれない。
残念ながら今はこれらももう無い。

気に入ってたというのは、言うまでも無くデキやすかったから(笑)
タイ人のモノとエロさにハマってたと言ってもいいかな。
なにせ当時はウケ度80%を越してて、言うのも恥ずかしいほどエロエロだったし。
また、そう言うのを全開できるような雰囲気の場所だったからな。

タイにハマってた頃(1) 投稿者:てつ(1月16日(水)19時14分04秒)
タイにハマってたと言うより、タイのゲイサウナにハマってたと言った方がいい。
バンコクはもとより、チェンマイやプーケットにも行った。
パタヤにも行ったが、町の性格上かあの町には最初の頃ゲイサウナは無かった。

バンコクでお気に入りだったのは、当時できたばかりのシーロムの Heavenサウナ。
シーロム界隈に泊まることが多く徒歩圏内だったから行きやすかった。
小洒落たエントランスと2階には個室やビデオスペースの他に屋外ジャグジーなどもあって
日中の暑さを凌ぐにはほんとに良い場所だったなぁ。
今でも営業しているようだが、もう10年くらいは行ってない。

Heavenサウナでも色々な出会いがあった。
西洋人もぼちぼち居たけど、基本的にタイ人が多かったかなぁ。
シーロムにご出勤前のバーの子たちとも出会った。

今でこそガチムチ・筋肉系がモテ筋だが、あの頃はスレンダー系がモテた。
俺もその中に入っていたようで、暗い廊下を歩くと必ずと言って良いほど手が伸びてきたものだ。
大規模サウナの Babylon よりもデキやすかったのも気に入ってた理由だ。
今でも記憶に残るタイ人は5,6人はくだらない。

エントランスフロアにはバーカウンターがあって、そこで目が合い上階の個室に誘われたこともある。
ジャグジーの中で触りあって、その後、個室で・・・とかも。
マジで真っ暗な通路があった時期もあって、そこには誰かに触らないと通れないほど多くの人が・・・
もちろん、そんな中で触られ、しごかれ、そして立ちバックもやられたものだ。
今思い出してもドキドキして、恥ずかしいほどエロかったなぁ。

俺はだいたい3時頃から行って暗くなる頃まで居た。
仲良くなった人と一緒に出て食事して・・というパターンが多かったかも。
シーロムの中心までは歩いて15分くらいか、途中には色々とレストランもあったし。
まぁ、ゲイの世界は何処も同じで、約束なんてあってないようなもの。
旅行で来ている身で暇なので、また会う約束をしても会えたためしはほとんど無かった。
ある意味、そんな殺伐とした雰囲気にむしろ気軽ささえ感じて、ただ楽しんでただけのように思う。
相手によってタチもしたしウケもした。Heavenでは半々くらいだったかもしれない。

二十歳位の大学生が俺のことを好きになったようで、彼とは何度か会った。
昼間に町で飯食ったり、観光にも連れて行ってくれた。
そして夜は俺の泊まってたホテルに泊まっていった。
帰国の時は空港まで見送りにも来てくれた。
素直ないい子だったけど、当時の俺は付き合う気など全く無かったので
あの子にはほんとに悪いことをしたと思う。
今の様にスマホがありSNSがあれば連絡も取り合えたんだろうけど。。。

こう言うのを書いてると、俺はなんて酷かったんだろうってマジで後悔しかない。

タイに初めて行った時 投稿者:てつ(1月16日(水)14時04分46秒)
初めてタイに行ったのは20年以上も前になる。
パソコン通信全盛の時代、タイもゲイの間ではブームになっていたように思う。
今ではインターネットでタイの様々な情報を得ることができるが
あの当時は実際に行かないと生の正しい情報は得られなかった。

最初は観光目的のつもりだったが、滞在三日目位して慣れてくると
有名な Go Go Bar 街に興味が出てきて行ってみた。
カルチャーショックと言うか、目の前の世界が別世界に思えた。
とりあえず入口近くの Go Go Bar に引き込まれる。
当時の俺は若い子に興味を持つ前だったので、ステージであらわな姿をさらす子達を見て
可愛いとは思ったが性的な興味を抱くことは無かったように思う。
帰り際に、無造作に置かれたパンフレットを持ち帰って翌日の計画を立てた。

まずは超有名な Babylon Sauna。今の Babylon の近くにあった古い建物の方だ。
古いと言っても東京のゲイサウナと比べると圧倒的にスケールが違う。
しかも、客の半数以上は白人系の高齢者だったので戸惑った。
ゲイサウナとは一言では言えないようなゲイの社交場だったかな。
もちろん個室も沢山あったので、気が合えば即ヤリもアリだったわけで。。。

最初は落ち着き無く館内を歩き回ってたんだが、
ラウンジに居たときに一人のタイ人から声をかけられた。
どうやら日本人だと直ぐにわかったようだ。
俺より少し年上の、まぁイケメン。
少し話をした後、誘われるがままに個室へ。
話したりエッチしたりして1時間以上も部屋に居たように思う。
窓があって明るかったので、あらわな姿がモロに。。。
少し小ぶりだがガチガチに硬いモノが俺の体の中を突きまくった。

終わって部屋を出ると夕方になっていて、そのタイ人の友人達と一緒にシーロムに出た。
その友人の中に一人だけちょっと気になる人が居た。
飲み終えて帰るとき、たまたまその人は同じ方向だったので送ってもらうことに。
彼は俺のことを気にもかけてない素振りだったんだが・・・

この機を逃すと二度と会えることは無いと思った俺は
泊まってたホテルの前で思い切って、「ちょっと寄っていく?」 と聞くと、
あっさりOKしてくれて、屋上のバーで少し飲んだ後、俺の部屋に来た。
Babylonでやった人ほどイケメンではなかったが、何故だか興味あったんだよな。
彼もタチ。少し大きめのモノが俺の体の中を動き回るのが気持ち良かった。

初タイでマジでいい出会だった。
その後、バンコクに行ったときは何度となく会った。
一緒にバンコク郊外を旅行もした。ほんとに楽しかった。
些細なことで喧嘩して別れるまでは。

大阪で出会った二十歳くらいの可愛い子 投稿者:てつ(1月15日(火)15時07分02秒)
毎月3〜4回ほど大阪に出張して、月のほぼ半分を大阪で過ごしてた時期がある。
東京ではゲイバーに行くことが無かったのに、大阪では時間を持て余してバーによく行った。
ネットで一通りの情報を仕入れていざ出陣。小さな雑居ビル丸ごとゲイバーという場所だ。
生憎の満席で仕方なく別の店Rに入ったが、それが正解だった。
狭いながらも洒落た内装で落ち着いた店だった。
少し年上のマスターとも直ぐに意気投合して楽しかった。

若い子好きだって話し、ネットで見つけた可愛い子A君の写真を見せた。
マスターは意外にも、その子を知ってるという。
※※ってバーに時々来てるらしい。可愛いくて評判になってたのだとか。
直ぐに行ってみたがその日は会えずじまい。

思い切って、ダメ元でネットでコンタクトしてみた。
当時はやってた Mixi というやつだ。
直ぐに返事が来て、次の大阪出張の時に会うことになった。

竹内涼真を幼くしたような顔つきで細身小柄な子だった。
あまり話さなかったのは緊張してたせいか。
それでも、また会えるかと聞くと頷いてくれた。

一週間後くらいだったか、梅田のレストランで会って、その後、泊まってたホテルに誘った。

若い子の体は綺麗だ。全体的に薄毛でツルツルしてた。(笑)
キスも可愛い。それに、意外にも発達した下半身に目が釘付け。
用意してたゴムを装着して正常位でゆっくり押し込んだ。
痛がる様子も無く俺にしがみついてくるのが可愛かった。

ほぼ毎週会って、そんな関係が2ヶ月くらい続いたかな。
A君の友達とも仲良くなった。特にA君と同郷という兄貴分B君とも。

大阪生活が終わりかけた頃、A君の良くない噂を聞いた。
店Rのマスターからも「うまくいってるの?」とちょっと意味深なことも聞かれた。
B君からは、長く続かないだろうから止めた方がいい・・とも言われた。

俺と会ってるときは二人とも楽しかった。
でも、考えてみると、俺はA君のことを何も知らない。
過去の事などどうでもよかったが、恋人としては若すぎるし、
所詮、俺もA君をセックス相手としてしか見てなかったのかもしれない。

みんな、「A君は可愛いしいい子だよ。」と言うが、「でも・・・」と口を濁す。
思い当たる節は色々あった。まぁ、あの時はエッチできればどうでもいいと思ってたのは確かだけど。

大阪出張も無くなり会う機会が減るとフェードアウトしていった。
半年位して、B君が東京に仕事で来たとき色々と話してくれた。
彼も界隈ではイケメンで通ってた人気者だったんだけど、相方いたので手は出せなかった。

A君は、B君に誘われて18歳で大阪に出てきてしばらく一緒に住んでたそうだ。
もちろん、二人はその前から男同士の関係だったとB君が告白。
A君はマジで可愛いので堂山ではチヤホヤされて多くの人と付き合ってきたらしい。
B君が直ぐに思いつくだけでも10人くらい。
俺と会ってた時期も40代位の別の男と同居してたらしい。
要するに、誰とでも直ぐに寝る子だったわけだ。
最初にヤッタ時、痛い素振りを見せること無く俺をスムーズに受け入れたから、
かなり慣れてるのではと思ったのを後で思い出した。
あの界隈ではある意味有名な子だったらしく、一緒に居た俺は「そう言う目」で見られてたと思うと恥ずかしい。

B君はうちに泊まっていった。 で、新たな告白。
「てつさんのことが、最初見たときから好きでした。相方居ることにしてるのはみんなに誘われるのが嫌だから」と。
B君はA君より4歳年上で25歳。まだ十分に若いわけで、綺麗なカラダしてた。。
B君と合体したのは、その時と、1年後くらいにもう一回だけ。

俺も人のコトは言えない。
A君の会ってた頃でもミナミの発展場には行ってたし、バーで知り合った人と一夜限りの関係を持ったりしてたんだから。

今思うと、あの時の俺はほんと元気だったな・・・と。
A君の可愛さがそうさせたのかもしれないが、1日3,4回とかもう考えられない(笑)
いや、あの子が裸で目の前に現れたら、また元気出るかも。。。

最初から若専だったわけじゃない 投稿者:てつ(1月15日(火)13時36分41秒)
今は一応若専の俺だが最初から若専だったわけじゃ無い。
大学に入り親元を離れて一人暮らしを始めた頃、以前から興味あったゲイ雑誌を買ったのがこの世界に入ったきっかけだ。
年バレするが、あれから約30年。当時はインターネットも無かったので出会いはもっぱら雑誌の投稿欄だった。

新顔の18歳の大学生というだけで20通を越す手紙が届いたのを覚えている。
同年代の二十歳前後から40代まで幅広かった。
当時は少し年上の方が安心感があったので、最初に会ったのは30代位の人だったかな。
最終的には十数人の人と会い、年末までにはタチもウケも一通り経験してしまった。
二丁目のバーもまだ盛況だったし、新宿、池袋、上野のゲイサウナも寝る場所が無いほど人でごったがえしてた。

ほどなく、パソコン通信が流行りだして、親に泣きついてパソコンを買ってもらったものだ。
一気に視界が広がったように感じたなぁ。。。
東京中心だったものの、日本全国の人達とテキストだけで交流できた。
そして、しばらくしたらインターネットが普及。
世界中の人とチャットなどで楽しんだし、実際に旅行したりもした。

そんな「良き時代」を20代前半で過ごすと
若専なんてあり得なくて、当然のごとく相手は年上だったわけだ。
今より10kg以上も身軽でさっぱり顔の俺は何処に行ってもチヤホヤされたものだ。

そんなわけで、30代までは年上専、親父専でウケ度90%位だった・・・かな。

転機になったのは、ネットで見つけた二十歳くらいの可愛い子。
それまでも若い子は可愛いと思ってはいたものの、
「ヤリたい」衝動にかられたのはその子が初めてだったかもしれない。
大阪の子だったけど、たまたま大阪にはよく行ってたので、
堂山のゲイバーで待ち合わせして会い、意気投合。
二回目に会ったとき、泊まってたホテルに誘うとOKってことで夢心地で楽しんだ。

多分、俺の若専心が目覚めたのはあの頃からだったように思う。

ゲイサウナによく行ってた頃 投稿者:てつ(1月10日(木)22時25分22秒)
30代の頃、ゲイサウナにハマってた頃があって、国内はもとより東南アジア中心に海外のゲイサウナにも行った。
海外と国内のサウナの一番の違いは、海外はヤル時は個室だが日本は基本大部屋。
つまり、やってるところを見ることも見られることも普通にあるということ。
人の行為を見るのも興奮するが、見られる興奮も格別だ。

30代の頃はまだウケ80%位だったので発展場ではヤラれる方が多かった。
見た目5〜6歳以上若く見られること多かったので、若好き親父によく狙われた。
しかも薄暗い場所では細身体型は更に若く見えるらしい。

当時の俺の主戦場は新宿か池袋。年とともに段々と上野に移っていったけど。(笑)
新宿と言っても大番は行ったことなくて、今は無き大久保の新宿ビジネスイン。
池袋は多分今もある陣屋。客層は微妙に違ったけど、両方で会った人も居る。
ノンケ友達と新宿で飲んだ後、一人でコソコソ行ったものだ。
どちらも住宅街にあったので、人目につかず入りやすかった。
周りの住民は、よもや夜中に男同士が盛ってる場所だとは思いもしなかったに違いない。(笑)

昔付き合ってた人とばったり遭遇したことがある。
何歳か年上で半年くらい付き合いは続いたけどフェードアウトした人だった。
薄明るい部屋で二人の親父にやられてたのを見てしまった。
彼は俺に気付いたみたいで、風呂場で一緒になったときに話しかけられた。
「※※君もこういう所に来るようになったんだね」と言われたが、お互い様だし・・・(笑)
その後、一緒に寝てるときに「掘られたい」と言い出した。
俺はそう言う気は全く無かったけど、優柔不断だし、リードされるがままに掘らされた。
付き合ってた頃は互いにケツ無しでしごき合ったりシャブリ合う程度だったからなぁ。
俺に掘られて喘ぐ彼を見て何だかしらけてしまったのを覚えてる。

親父専ウケだった20代 投稿者:てつ(1月9日(水)17時15分38秒)
自称若専親父の今、20代の頃の過去の経験が活かされてるのかもしれない。
親父が若い子を好むのはある意味当然として、若い子は親父に何を求めるのか。

俺の場合は親父とか年上に安心感を感じてた。
何事にも落ち着いてるというか、こなし方が上手くて気持ち良くさせてくれる。
親父特有のエロギャグも時には和ませてくれた。

一緒に居て落ち着く
エッチもリードしてくれて気持ち良い

そう、乳首攻められてケツ掘られて気持ち良いと感じだしたのも 20代だったように思う。
俺の体がエロくできてたのか、何されてもいいと思えるほどの快感を味わうと
正直、容姿とかどうでもいいと思った。

ネットで会った人の中には嘘プロフを載せてて会うと不細工な別人だったこともある。
自宅近くに呼び出されたので直ぐに帰るのも悪い気がして、
優柔不断な俺は誘われるがまま自宅に行ってしまった。
会話も何も無くて変な空気が流れてるとき、その人はいきなり俺に抱きついてきた。
とっさに避けたものの、俺の頭の中で悪魔が「一回くらいやってやれよ」と囁く。
その人の手が俺の股間に伸びたときは、俺のモノもガチガチに硬くなっていて、
その10分後くらいには、重量感のあるモノが俺の中に挿入されてた。
抵抗して帰ることもできたはずなのに、受け入れて感じてる俺が情けなかった。
いや、むしろそんな俺を客観的に見て興奮してたのかもしれない。
一度快感を味わうと体が忘れないというのをよく聞く。
あの時はまさにソレで、その後も誘われるがままに4~5回会ったように思う。

天にも昇るような快感。
実はそれには理由があって、当時一部で流行ってた「媚薬」のせいだった。
それがどういうものなのかもわからないまま、二回目に会ったときに勧められて使ってみた。
少し吐き気をもよおしたが、30分くらいで体が浮いた感じでエロモードが全開した。
全身性感帯と言ってもいいくらい、着てるシャツがすれるだけで乳首が感じた。
出来上がった俺はその親父になされるがままで、気が遠くなりそうなくらいの快感に浸った。
そういう関係が数回続き、さすがに怖くなって行くのを止めた。

二丁目の店でも売られてたので何度か買ってみたこともある。
ネットだと数分の一の値段で手に入れることもできた。
もちろん今は麻薬指定されてて手に入れることはできない。

同じく RUSH も時々使ってたなぁ。
発展場の部屋が RUSH 臭で充満して頭が痛くなったこともある。
アレも使ってる本人はいいけど周りには迷惑行為でしかなかったような。
違法では無かった時代、発展場にはキメてるヤツが結構居た。

あの頃は二丁目も活気があった。
と言っても、俺はほとんど行ったことなかったけど。
ゲイの町として二丁目はあまりにも有名で、人も多くて誰に出くわすかわからないので行かなかった。
ネットで知り合った友人と時々行ったくらいかな。

そんな訳で、出会いはネット中心、サクッと処理したいときは池袋か上野の発展場に行ってた。
自分で言うのもおかしいが、スレンダーで可愛い系だったので発展場でヤラずに帰ったことは無かった。

インターネット、ゲイバー、発展場・・・活動の場はそれぞれ違ってても結局はヤル事は同じ・・(笑)
いいことだけじゃない。修羅場を見たこともある。
そんな話はまた別の機会に。